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第64話 三位一体

 囲まれている。

 その事実を、怜は冷静に理解していた。恐怖はない。だが余裕もない。三体の気配が絶えず動き、わずかな隙すら許さぬよう圧力をかけ続けてくる。

 最初に踏み込んだのはグラミルだった。巨大な体が前へ出ただけで地面が低く唸り、振り上げられた刃はもはや武器というより質量そのものの暴力として迫ってくる。

 怜は横へ跳んだ。

 次の瞬間、振り下ろされた一撃が石畳を砕き、破片が四方へ弾け飛ぶ。遅れて叩きつける風圧が体勢を揺らし、そのわずかな乱れを逃すことなくカルディオンが視線を向けた。

「右方、死角」

 淡々とした声が落ちる。指示だった。

 同時にトルガスが一歩踏み出し、分厚い体が壁のように回り込む。退路は完全に塞がれ、逃げ場が静かに閉じていく。

(連携……!)

 怜は歯を食いしばり、符を二枚同時に取り出した。

 指先に力を込め、地面へ叩きつける。

「封!」

 白い閃光が走り、空気が震える。瞬間的な拘束術が発動し、目に見えぬ力がトルガスの動きを縛り上げる――はずだった。

 だが、止まらない。

 光がその体に触れた瞬間、霧のように散った。効いていないわけではない。確かに作用しているはずなのに、圧倒的な質量と力がそれを押し切っている。

(硬い……!)

 胸の奥に、じわりと焦りが広がる。

 その間にも、グラミルはすでに次の攻撃へ移っていた。躊躇も間もなく振り上げられた刃が再び迫り、怜は咄嗟に後方へ跳んで紙一重で回避する。

 しかし着地の瞬間、足元の影が伸びた。

 カルディオンの指先がわずかに動き、地面の影が鎖のように絡みつく。

「拘束」

 淡々とした宣告とともに、足が止まる。

 ほんの一瞬。だが、それで十分だった。

 グラミルの刃が迫る。

(まずい――)

 その瞬間、怜の手が懐へ滑り込んだ。

 指先が触れる。一枚の札。他とは違う、重く冷たい感触。

(これを使うか……)

 一瞬の逡巡。だが次の瞬間には決断していた。

「――展開」

 札が光り、空気が震える。

 次の瞬間、青白い光が怜の周囲に走った。

 雷。

 だが、それは未央の雷とは違う。荒く、不安定で、制御しきれていない力が空間へ滲み出している。

 カルディオンの目が、初めてわずかに細められた。

「出力、上昇を確認」

 分析の声が落ちる。

 そしてトルガスが、初めて一歩退いた。

 わずか半歩。それだけで空間が開いた。

 怜はその隙を逃さない。地面を蹴り、前へ踏み込んで包囲の外側へ出ようとする。だが三体の連携は崩れておらず、すぐさま位置を修正して再び圧力をかけてきた。

 カルディオンの声が、静かに落ちる。

「対象、危険度上昇。排除を優先する」

 その言葉と同時に、三体の気配が一段階重くなる。空気そのものが沈み込み、怜の呼吸がわずかに詰まった。

 逃げ場はない。

 だが怜は踏み止まり、視線だけは前を向き続けていた。


 その圧力を、未央は肌で感じ取っていた。

 振り向かない。だが分かる。怜が押されていることを。

 小さく息を吐き、視線を前へ戻す。

 目の前では、ヴァルドリックが再び踏み込んできていた。大盾を押し出すように構え、体ごと押し潰すような勢いで迫ってくる。

 未央はその軌道を正面から見据え、わずかに体を沈めた。

 ガキィンッ。

 雷鳥の柄が刃を受け止め、重い衝撃が腕を震わせる。だが体は揺れない。力を真正面から受けるのではなく、流す。滑らせる。衝撃を逃がし、次の動作へ繋げる。

 武道の基本を極限まで磨き上げた動きだった。

 ヴァルドリックが盾を押し込んでくる。壁が迫る。

 未央は半歩退きながら、槍の石突きを地面へ叩きつけた。

 衝撃と同時に体を回し込み、穂先を低く走らせる。雷が弾け、青白い閃光が盾の縁を舐めて腕をかすめた。

 だが動きは止まらない。

 むしろ重さが増していく。

 未央の目が細くなる。

(……崩れへんな)

 強い。

 だが、崩れないわけではない。

 次の瞬間、ヴァルドリックの盾が大きく振り上げられた。

 守りではなく、叩き潰すための動き。

 隙が生まれる。

 ほんの一瞬。

 それでも十分だった。

 未央の足が前へ出る。踏み込み。

 地面が鳴り、体重を乗せた突きが一直線に走る。

 雷が炸裂した。

 青白い閃光が盾の中心へ深く潜り込み、内部から金属を焼く。

 鈍い音とともに、盾の表面に亀裂が走った。

 ヴァルドリックの体が、はっきりと仰け反る。

 初めて。

 確実に。

 防御が崩れた。

 未央は間合いを詰め、さらに踏み込む。

 逃がさない。

 穂先が走る。

 同じ軌道、同じ角度、同じ速度。

 連続突き。

 雷が重なり、衝撃が一点へ集中する。

 次の瞬間。

 盾が、割れた。

 金属が悲鳴のような音を立てて裂け、破片が宙へ散る。

 ヴァルドリックの守りが完全に崩れ、体勢が大きく揺らいだ。

 未央の口元が上がる。

「通ったな」

 静かな声だった。


 その横で、マーラは少しだけ退屈そうに肩を回していた。

 ソルヴァンが再び立ち上がるのを見て、視線を細める。

 呼吸は乱れていない。

 姿勢も崩れていない。

 まだ戦える。

 その事実を確認し、マーラは小さく頷いた。

「いいね。ちゃんと立つんだ」

 次の瞬間、ソルヴァンが踏み込む。

 これまでより速い。迷いのない一直線の動きだった。

 剣が振り下ろされる。

 マーラは避けない。

 今度は真正面から受けた。

 金属が激突し、火花が散る。

 衝撃が腕を通して体へ伝わる。

 その一瞬、マーラの表情が変わった。

 遊びではない。

 評価でもない。

 戦闘者の顔だった。

 次の瞬間。

 マーラの気配が、消えた。

 ほんの一瞬、空気が静止したかのような感覚が走る。

 そして遅れて、衝撃だけが現れた。

 剣が動いたのを、誰も見ていない。

 気づいたときには、ソルヴァンの体が後方へ吹き飛んでいた。

 地面を滑り、石畳を削りながら数メートル先で止まる。

 沈黙。

 マーラは剣を軽く振り、刃に付いた埃を払った。

「……一回だけね」

 軽く言う。

 だが、その声には先ほどまでの軽さがなかった。

 本気の一撃。

 それが何を意味するかを、戦場にいる全員が理解していた。


遠くで、怜の呼吸が荒くなっていた。

三体の圧力はさらに増し、空気そのものが沈み込んだように重くなる。

連携は崩れていない。

隙もない。

確実に体力を削られている。

持久戦。

その言葉が頭に浮かび、同時に、このままでは押し切られるという現実が静かに胸へ落ちてきた。

その瞬間、風神を握る怜の指にわずかに力が入る。

刃はすでに抜かれている。戦闘が始まってからずっと、手の中にある。

冷たい感触が掌に伝わり、意識を現実へ引き戻した。

(……まだ振るうな)

ここで斬れば、確実に一体は落とせる。

だが残り二体を同時に抑えきれる保証はない。

一瞬でも隙を見せれば、連携に押し潰される。

怜は呼吸を整える。

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

焦りを押し込み、視線を前へ据えた。

その間にも、三体の気配はわずかずつ距離を詰めてくる。

踏み込みは小さい。だが確実に間合いを奪い、逃げ道を消していく動きだった。

次の瞬間、グラミルの足が一歩踏み出された。

それはこれまでよりも半歩深く、明確な攻勢の意思を伴った踏み込みだった。

同時にトルガスが体を寄せ、退路を完全に塞ぐ。

そしてカルディオンの視線が、静かに怜へ固定された。

包囲が完成した。

圧力が、変わった。

待っていれば削り切られる。

そう確信できるほど、状況ははっきりと悪化していた。

迷いは消える。

怜は静かに息を吐き、握った刀をわずかに引き寄せる。

風神の刃がかすかに鳴り、空気が震えた。

そして、低く呟く。

「……次で決める」

その言葉が落ちた瞬間。

三体が、同時に踏み込んだ。

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