表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/123

第63話 役割分担は自己申告制

 夕暮れの空気が、ぴたりと止まった。

 天王寺未央が静かに息を吸い込み、手にした槍――宝具《雷鳥》を地面へと軽く突き立てる。

 その瞬間、目に見えない波紋が広がり、周囲の景色がわずかに歪んだ。

「これで、一般人には見えへん。音も届かん」

 さらりと言いながらも、その声には確かな集中が宿っている。

 怜は周囲を見渡し、結界が正常に展開されたことを確認してから、未央へ視線を向けた。

「……未央にも、任せて大丈夫?」

 未央は肩越しに振り返り、不敵に笑う。

「誰に言うてんねん。

 大阪を取り仕切る陰陽師、天王寺家やで?」

 その言葉には、若さとは裏腹の自負があった。

 少し離れた場所で、マーラが楽しげに口を挟む。

「へえ、じゃあ四体も受け持ってくれるの?」

 未央の眉がぴくりと跳ねた。

「アホか!

 一人一体や!」

 即座のツッコミに、マーラは肩をすくめて笑う。

「冗談だよ。怒らないでって」

 怜は小さく息を吐き、改めて前方を見据えた。

 そこに立つ五体の人型。

 黒い外套の奥から、異様な気配が滲み出ている。

 やがて、中央の一体がゆっくりと前へ出た。

 重い足取りに合わせて、地面がわずかに軋む。

「我が名は――ヴァルドリック」

 低く、押し潰すような声だった。

 大盾を構えたその姿は、まるで動く城壁のようであり、次の一歩を踏み出した瞬間、石畳が鈍い音を立てて沈み込む。

 その隣で、別の影がふっと消えた。

「ソルヴァン」

 短い名乗りと同時に、気配が左右へと跳ねる。

 残像すら残さない速度で間合いを詰めるその動きに、怜は反射的に身構えた。

 さらに後方から、重たい何かを引きずる音が響く。

「グラミル」

 巨大な武器を肩に担いだ巨躯が一歩踏み出しただけで、周囲の空気が揺れ、遅れて風圧が頬を叩いた。

 そして、最後に静かに歩み出た一体。

 その眼だけが、淡く光を帯びている。

「カルディオン」

 感情のない声。

 同時に、足元の影がわずかに蠢いた。

 残る一体は、微動だにしない。

 ただそこに立つだけで、道そのものを塞いでいる。

「トルガス」

 短い名乗りとともに、腕がわずかに上がる。

 それだけで、壁が一枚増えたような圧迫感が生まれた。

 未央は槍を握り直し、軽く首を鳴らした。

「……ちゃんと名乗るんやな。

 礼儀正しい連中やで」

 マーラがくすりと笑う。

「面白いのがまた増えたなあ」

 声は軽いが、目は笑っていない。

 怜は五体の気配を順に測り、静かに結論を出した。

(……普通じゃない)

 その中でも、三体の気配が明らかに重い。

 単純な数ではない。質が違う。

 カルディオンの視線が、わずかに動いた。

「対象、三名。

 戦闘能力、確認済み」

 まるで観測結果を読み上げるかのような声音だった。

 怜の背筋に、冷たいものが走る。

(指揮官か……)

 未央が一歩前に出る。

「ほな、あたしはこいつやな」

 雷鳥が、かすかに震えた。

 次の瞬間、槍の先端に青白い光が走る。

 マーラは肩を回しながら、軽い調子で言った。

「じゃあ、あたしはあの速そうなのにしようかな」

 視線の先には、ソルヴァン。

 怜は残る三体を見据え、静かに息を吐く。

「……三体か」

 逃げ場はない。

 選択肢もない。

 だが、それでも一歩踏み出す。

 その瞬間――

 ソルヴァンの姿が、消えた。


 次の瞬間、地面が弾けた。

 最初に動いたのは未央だった。

 宝具《雷鳥》を低く構え、一歩踏み込む。その動きは水面を滑るように滑らかで、無駄がない。

 ヴェイル――ヴァルドリックが迎え撃つ。

 黒い刃が一直線に振り下ろされた。

 未央はそれを、ほんのわずかな角度で受け流す。

 ガキィンッ!

 金属同士が噛み合う鋭い音が、結界の内側で反響した。

 重い一撃だったが、未央の体は一歩も下がらない。

「ええ力しとるやん」

 楽しげな声だった。

 だが、その瞳は真剣そのものだ。

 ヴァルドリックが続けざまに斬りかかる。

 縦。横。突き。

 迷いのない連撃が、間髪入れずに襲いかかる。

 未央はすべてを槍の柄で受け、流し、いなしながら間合いを保ち、呼吸の隙間を縫うように体を滑らせていた。

 そして――

 一瞬。

 ほんの一瞬の空白を見逃さず、穂先を突き出す。

 バチッ!

 雷が走った。

 青白い閃光が空気を裂き、ヴァルドリックの体をかすめる。

 ヴァルドリックは即座に後方へ跳び、距離を取り直した。

 互いに間合いを測り直す。

 呼吸を整えながら、視線だけが鋭く交差する。

 完全な互角。

 一歩も譲らない攻防だった。


 その横で、マーラはすでに相手と向き合っていた。

 ヴェイル――ソルヴァンが剣を構える。

 無駄のない、洗練された構え。長く戦いを重ねてきた者のそれだった。

 マーラはその姿を眺め、軽く首を傾げる。

「それ、ちょっと貸してくれる?」

 意味不明な要求だった。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、ソルヴァンが踏み込む。

 鋭い踏み込みとともに、刃が一直線に振り抜かれた。

 速い。

 だが――

 マーラの姿が、消えた。

 いや、消えたように見えただけだった。

 ただ一歩、横へずれただけ。

 そのまま腕を伸ばし、剣を握る手首を軽くひねる。

 ゴキッ。

 鈍い音が響いた。

 ソルヴァンの指から力が抜け、剣が宙へ浮く。

 マーラはそれを何事もなかったかのように空中で掴み、くるりと回した。

 重さを確かめるように、二、三度振る。

「うん。悪くないね」

 まるで店先で商品を選んでいるかのような口調だった。

 ソルヴァンは、ほんの一瞬だけ動きを止める。

 理解が追いついていない。

 マーラはにっこりと笑った。

 目は――まったく笑っていなかった。


 そして。

 怜の前には、三体。

 グラミル。

 カルディオン。

 トルガス。

 三方向から同時に間合いを詰めてくる。

 足並みは揃い、呼吸すら一致しているようだった。

 完全な連携。

 一体が前へ出れば、別の一体が死角へ回り込む。

 退路を塞ぎ、逃げ場を削り取る、訓練された動きだった。

 怜は符を取り出し、素早く展開する。

「――来い」

 術式が走る。

 ドンッ!

 爆ぜる炎が地面を舐め、三体の体を包み込む。

 だが――

 ほとんど怯まない。

 グラミルが炎を突っ切り、そのまま距離を詰めてくる。

 焼け焦げた外套が揺れ、黒い刃が視界いっぱいに迫った。

 速い。

 怜は咄嗟に身をひねる。

 刃が頬をかすめた。

 熱とともに、血が一筋流れる。

 呼吸が浅くなる。

 視界の端で、もう一体が動いた。

 カルディオン。

 その眼が、わずかに光る。

「くっ……!」

 防御が、間に合わない。

 三体同時。

 圧力が違う。

 一対一とは、明らかに次元が違っていた。

 怜は後方へ跳び、距離を取る。

 だが、その瞬間にはすでに次の影が迫っている。

 逃げ切れない。

 囲まれている。

 未央がちらりと視線を向けた。

 怜の劣勢は、一目で分かった。

 呼吸の乱れも、足運びの重さも、隠しようがない。

 だが、助けには入らない。

 その代わり、口元をわずかに緩めた。

「踏ん張りや」

 短い言葉。

 だが、それは叱咤ではなく――信頼だった。


 マーラも横目で様子を見る。

 そして、楽しそうに言った。

「三体か」

 手にした剣を軽く回す。

 刃が空気を切り、乾いた音を立てる。

「いいね。ちゃんと苦戦してる」

 ほんの少しだけ――

 嬉しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ