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第46話 繋がった証

 フィンタンの研究室は、いつも通り散らかっていた。

 机の上には書きかけの図面が積み重なり、床には部品らしき金属片や工具が無造作に置かれている。

 窓際には、古いブラウン管の装置が低い唸り声を上げながら光っていた。

 その中央に立つフィンタンは、腕を組んだまま怜を見ている。

「それで?」

 短い問いだった。

 怜は一度うなずき、ゆっくりと話し始めた。

 ヴェイルのこと。

 境界のこと。

 そして――スマートフォンのこと。

 境界が揺らいだあの瞬間、通信が成立したこと。

 それが偶然ではなく、この世界と元の世界が近い距離で接続していた可能性を示していること。

 一通り説明し終えたあと、怜はポケットから小さな黒い板を取り出した。

「これが、その……スマートフォンです」

 両手で差し出す。

 フィンタンは無言で受け取り、まじまじと観察した。

 表面を撫で、側面を指で叩き、裏側の継ぎ目を覗き込む。

 まるで未知の魔導具を扱う職人のような目つきだった。

「ふむ……」

 低く唸る。

「ずいぶんと精密だな。内部構造は見えないが、魔力ではなく、別の原理で動いているのは確かだ」

 そう言いながら、手元でくるりと回す。

「で、これをどうしたい?」

 怜は少し身を乗り出した。

「充電、できませんか」

 言った瞬間、自分でも少し必死な声になっていたことに気づく。

「幸い、ケーブルは持ってきていて……」

 慌てて鞄を開き、細いコードを取り出して見せる。

 フィンタンはそれを受け取り、先端をじっと見つめた。

「なるほど。電力を供給するための接続端子か」

 軽くうなずく。

「結論から言えば、電気の使用自体は問題ない」

 怜の顔がぱっと明るくなる。

「本当ですか!」

「うむ」

 フィンタンは振り返り、部屋の隅に置かれたブラウン管の装置を指さした。

「見ての通り、この世界でも電気は扱えている。発電も、配線も、基礎理論も一通り整っているからな」

 落ち着いた声だった。

 安心感がある。

 だが。

 次の言葉で、少しだけ雲行きが変わった。

「変圧器――つまり電圧を調整する装置も、仕組み自体は単純だ。私なら容易に作れる」

 そこまで聞いて、怜はほっと胸をなで下ろした。

(よかった……)

 そう思った瞬間。

 フィンタンが、手にしたケーブルを軽く振った。

「ただし」

 その一言。

 怜の背筋が、わずかに伸びる。

「このケーブルに、どの程度の電圧を流すべきか。その仕様を理解する必要がある」

 静かな説明だった。

 しかし、内容は思った以上に難しかった。

「過剰な電圧を流せば破損する。逆に不足すれば作動しない。最悪の場合、内部構造が焼損する危険もある」

 怜は、口を開きかけて止まった。

 頭の中が、急に空白になる。

「えっと……その……」

 言葉が続かない。

 フィンタンは、じっと見ている。

 逃げ場がない。

「この装置は、交流か直流か。どちらで動作する?」

 その問いが、静かに投げられた。

 怜は固まった。

 交流。

 直流。

 聞いたことはある。

 学校で習った気もする。

 だが。

 どちらが何なのか、説明できない。

「……たぶん」

 かすれた声が出る。

「直流……?」

 自信は、ほとんどなかった。

 フィンタンはしばらく沈黙し、やがて大きく息を吐いた。

「君は」

 少しだけ呆れた声だった。

「理科が苦手なのだな」

 胸に、ずしんと来た。

 図星だった。

 漠然と、フィンタンに任せれば解決すると思っていた。

 難しいことは専門家が何とかしてくれるはずだと、どこかで当然のように考えていた。

 だが。

 現実は、そう単純ではない。

 怜は、思わず視線を落とした。

「……すみません」

 小さくつぶやく。

 フィンタンはその様子を見て、しばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。

「まあ、よい」

 淡々とした口調だった。

「専門外のことを知らぬのは、恥ではない。知らぬまま放置するのが問題なのだ」

 そう言って、スマートフォンを軽く持ち上げる。

「この件は、私に任せなさい」

 短い断言だった。

「必要な測定と解析はこちらで行う。君は余計なことを考えず、体調の回復に専念していればいい」

 その言葉は、叱責ではなく、明確な引き受けだった。

 怜は、深く頭を下げた。


 それから数日後。

 同じ研究室。

 机の上に、小型の装置が置かれていた。

 金属製の箱に、見慣れない端子が並び、側面にはつまみが付いている。

 隣には、複数の差し込み口を備えた板状の器具が置かれていた。

 フィンタンが、満足そうに腕を組む。

「できたぞ」

 あまりにもあっさりした口調だった。

 怜は思わず目を見開く。

「もう……?」

「構造は単純だからな」

 平然と答える。

「これは専用の変圧器だ。入力された電力を適切な電圧と電流に調整する。こちらは電源タップ。複数の機器を安全に接続できるようにしてある」

 そう言って、ケーブルを差し込む。

 小さな音がした。

 そして。

 怜のスマートフォンの画面が、静かに光った。

 見慣れた表示。

 電池のマーク。

 その横に、小さな稲妻の印。

 ――充電中。

 怜は、息を呑んだ。

 何も言えない。

 ただ、画面を見つめる。

 フィンタンは、その様子を横目で見ながら、落ち着いた声で続けた。

「さて」

 一拍置く。

「君の仮説についてだが」

 視線が、まっすぐ向けられる。

「ほぼ間違いないと考えている」

 はっきりとした断言だった。

 胸が、強く打つ。

 怜は慌ててスマートフォンを手に取り、画面を操作する。

 指先がわずかに震えていた。

 そして、ある画面を開く。

 通話履歴。

 そこに残っている、短い記録。

 母の名前。

 通話時間。

 わずか数十秒。

 それでも。

 確かに繋がった証。

「これです」

 声が少し震えていた。

「元の世界と、連絡が取れました」

 フィンタンは画面をじっと見つめ、静かにうなずいた。

「なるほど」

 短い返答。

 だが、その目は真剣だった。

 やがて、ゆっくりと口を開く。

「そういえば」

 何気ない調子で言う。

「例の捕虜――ヴェイルだが」

 一拍。

「自分の名を、バルドルと名乗った」

 怜の指が、止まった。

 フィンタンは続ける。

「尋問の中で、君のことをこう呼んでいた」

 静かな声だった。

「――境界を切る少女」

 部屋の空気が、少しだけ重くなる。

 怜は何も言えない。

 ただ、じっと聞いている。

 フィンタンは、視線を外さずに言った。

 ほんのわずかに、声を低くする。

「帰る方法を握っているのは――君自身かもしれない」

 その言葉は、静かに落ちた。

 逃げ場のない重さを伴って。

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