表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/123

第43話 覚悟の代償

 怜は荒い息を整えながら、必死に周囲を見渡した。

 押し寄せる魔物の波。

 後退を余儀なくされる王国軍。

 屋根の上では、三体のヴェイルが静かに戦場を見下ろしている。

 あれが中枢だ。

 指揮を乱せば、流れは変わる。

 ――なら。

 一点突破しかない。

 怜は振り返った。

「エドガー!」

 若い小隊長はすぐに応じた。

「何だ」

「ヴェイルを直接狙える場所はない?」

 エドガーは一瞬だけ思考し、すぐに答えた。

「ある」

 迷いのない声だった。

「中央区の時計台だ。

 この街で一番高い。見晴らしもいい」

 怜は頷いた。

「そこまで行ける?」

 エドガーの視線が戦場を走る。

 魔物。

 瓦礫。

 逃げ惑う民衆。

 崩れかけた建物。

 そして怜へ戻る。

「道は開く」

 短く言い切った。

 その言葉に、迷いはなかった。

「エドマンド」

 エドガーが呼ぶ。

 黒衣の青年が静かに頷いた。

「任せろ」

 次の瞬間だった。

「前衛、突撃!

 進路を確保しろ!」

 エドガーの号令が響いた。

 兵士たちが一斉に動く。

 盾が前に出され、槍が突き出される。

 楔のような隊形。

 魔物の群れへ突き刺さる。

「行くぞ」

 エドマンドが言った。

 怜は頷き、走り出した。

 ――時計台へ。

 だが。

 簡単には進めない。

 魔物が次々に飛びかかってくる。

 エドマンドの剣が閃く。

 一撃。

 二撃。

 正確無比な斬撃が道を切り開く。

 エドガーの部隊が側面を押し返す。

 だが数が違う。

 圧倒的に。

 一体が怜へ飛びかかった。

 咄嗟に受ける。

 衝撃。

 骨に響く。

 次の瞬間、別の魔物の爪が脇腹をかすめた。

「っ……!」

 焼けるような痛み。

 息が詰まる。

 だが止まれない。

 足を動かす。


 走る。

 走る。

 痛い。

 痛い。


 呼吸が荒くなる。

 視界が滲む。

 それでも。

 止まれば終わる。

 ――あと少し。

 時計台が見えた。

 石造りの高い塔。

 煙と炎の中でも、その姿ははっきりと分かる。

「上がれ!」

 エドガーが叫ぶ。

 兵士たちが入口を確保する。

 怜は中へ飛び込んだ。

 螺旋階段。

 ひたすら上。

 足が重い。

 脇腹が熱い。

 血が流れているのが分かる。

 でも。

 止まれない。

 ――ここで終わらせる。

 やがて。

 最上階。

 風が吹き抜ける。

 街が一望できた。

 炎。

 煙。

 戦う兵士たち。

 そして。

 三体のヴェイル。

 怜はゆっくりと息を吐いた。

「ここなら……届く」

 振り返る。

 エドマンドがいた。

 エドガーも。

 二人とも息を乱している。

 それでも立っている。

 戦う者の顔で。

 怜は小さく笑った。

「エドマンド」

 静かに言う。

「ブリギットさんとマーラさんに、ごめんって伝えて」

 エドマンドの眉がわずかに動いた。

「……何をするつもりだ」

 問いは低い。

 だが、鋭い。

 怜は答えない。

 代わりに。

 エドガーを見た。

「エドガー」

 真っ直ぐに。

「あと、よろしく」

 その言葉。

 その表情。

 その空気。

 二人の脳裏に、同じ結論が浮かんだ。

 ――命を使う気だ。

 沈黙。

 重い。

 風の音だけが響く。

 だが。

 怜の胸の内は、意外なほど静かだった。

 思いついただけだ。

 ただの発想。

 高円家秘伝の術式。

 生命を代償に、霊力をすべて注ぎ込む大術式。

 霊力――

 この世界で言う魔力。

 本来なら。

 発動すれば死ぬ。

 確実に。

 だが。

 撃たなければいい。

 発動寸前まで持っていくだけ。

 とてつもない魔力を纏えば。

 ヴェイルは警戒する。

 指揮が乱れる。

 それだけでいい。

 ――要は。

 ハッタリ。

 命を懸ける覚悟さえ見せれば。

 それは武器になる。

 怜は腰の刀に手をかけた。

 風神。

 鞘から抜く。

 澄んだ音が響いた。

 その瞬間。

 空気が変わった。

 怜は目を閉じる。

 そして。

 静かに詠唱を始めた。

「――我が命を贄とし」

 風が強くなる。

「――我が魂を糧とし」

 魔力が集まる。

「――我が存在のすべてを捧げ」

 渦が生まれる。

 怜の周囲に。

 異常な魔力が集まり始めた。

 空気が震える。

 床が軋む。

 空が唸る。

 エドガーが息を呑んだ。

「……何だ、この量は」

 常識外れだった。

 あり得ない密度。

 あり得ない圧力。

 それはまさに――

 大魔術。

 エドマンドは怜を見ていた。

 その背中を。

 その覚悟を。

 そして。

 理解した。

 ――死ぬ気だ。

 迷いはなかった。

 彼は一歩踏み出した。

 風神へ手を伸ばす。

 触れた。

 冷たい鋼。

 その瞬間。

 エドマンドは自らの魔力を流し込んだ。

 一切の躊躇なく。

 全力で。

「……!」

 怜の目が見開かれた。


 次の瞬間。

 世界が揺れた。

 魔力が――膨れ上がる。

 制御を失う。

 暴走。

 収束。

 臨界。

「待っ――」

 言葉は最後まで出なかった。


 光が弾けた。

 轟音。

 爆発。

 世界が白に染まる。

 すべてを呑み込む。

 巨大な魔力の奔流が、灰都イザリスを横断した。

 魔物が消える。

 建物が砕ける。

 空気が裂ける。

 そして。

 屋根の上。

 三体のヴェイル。

 直撃。

 閃光が通り過ぎた後。

 沈黙が落ちた。

 煙が流れる。

 崩れた屋根。

 砕けた石。

 そして。

 そこに立っていたのは――

 一体だけだった。

 紳士のような外見をしたヴェイル。

 その半身は消えていた。

 肩から下が、存在しない。

 それでも。

 立っている。

 口元が歪む。

 笑っていた。

「……見事」

 かすれた声。

 だが。

 確かに生きていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ