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第3話 登録番号と最初の居場所

 アーケイン・レジストリ――

 この国で魔術師と戦闘要員を管理する、国家直属の登録機関である。

 その内部は、外から見た印象よりもずっと騒がしかった。


 書類の束が机の上を滑る。

 羽ペンの音。

 誰かの怒鳴り声。

 そして、天井を走る配管の奥で、蒸気が低く唸っている。

 ここは役所だ。だが同時に、戦場の後方基地のようでもあった。


 怜は受付の前に立っていた。

 手の中には、先ほど渡された金属製のカード。

 魔力登録証レジストリ

 それは冷たく、そして妙に重い。


「登録番号A-73-1142」


 テレサは書類から顔を上げずに言った。

「紛失した場合、再発行には罰金と三日の待機期間が発生します」

 怜は思わず聞き返した。

「三日?」

「ええ」

 彼女は淡々と答えた。

「この国では身分証がない人間は存在しないのと同じです」

 一拍。

 ペンを止め、顔を上げる。

「つまり」

 静かに言った。

「あなたは三日間幽霊になります」

 怜は小さく息を吐いた。

「それは困る」

「でしょうね」

 即答だった。

 横で、フィンタンが軽く咳払いをする。

「彼女は少々言い方が過激なだけだ」

「事実です」

 テレサは迷いなく言った。

 二人のやり取りは、長年の習慣のように自然だった。


 やがて。

 テレサは新しい用紙を取り出した。

 羽ペンの先を整え、インクを軽く払う。

「では、出身地を」

 その一言で、空気がほんのわずかに静まった。

 怜は口を開きかけて、止まる。


 ――何と答えるべきか。


 ここは日本ではない。

 この世界では、自分は外から来た人間だ。

 だが、それを正直に言えばどうなるか。

 想像するまでもない。

 一瞬、フィンタンの方を見る。

 彼は腕を組んだまま、何も言わなかった。

 ただ。

 小さく頷いた。


 ――任せる。


 そういう意味だった。

 怜は息を吸う。

 決めた。

日ノ本(ヒノモト)です」

 はっきりと告げた。

 ペン先が紙の上を走る。

 さらさら、と乾いた音。

 テレサは迷いなく書き込んだ。

 Hinomoto

 その筆致には、一切の躊躇がなかった。

 怜は思わず口を開いた。

「……知ってるんですか」

 テレサは顔を上げた。

「何がです?」

「その国」

 ほんのわずかな沈黙。

 だが、彼女はすぐに答えた。

「東方の島国ですね。刀鍛冶で有名な」

 当然のことのように言う。

「交易は多くありませんが、王都の記録には存在しています」

 さらに、淡々と付け加えた。

「古い航路図にも」

 怜の胸の奥で、何かが強く脈打った。


 ――ある。


 この世界にも。

 同じ名前の国が。

 あり得ない。

 だが、不可能でもない。

 偶然。

 ただの偶然。

 そう考えるのが、一番安全だった。

 フィンタンが小さく息を吐いた。

「運がいいな」

 静かな声だった。

 怜はカードを握り直す。

 冷たい金属の感触が、現実を引き戻す。

「……そうですね」

 短く答えた。

 それ以上は言わない。

 ここでは。

 現地の人間として生きる。

 それが、今できる最善だった。


 そのとき。

 床が低く軋んだ。

 重い足音。

 振り向く。

 そこに、ドナルが立っていた。

 巨大な体躯。

 厚い胸板。

 鋼のような腕。

 腰には、金属製のセスタス。

 彼が一歩近づくと、受付の机がわずかに軋んだ。

 彼は数秒、怜を見た。

 視線は鋭い。

 だが、敵意はない。

 ただ。

 測っている。

 そんな目だった。


 やがて。

 低い声で言った。

「新人か」

「はい」

 短く答える。

 ドナルは小さく頷いた。

「そうか」

 それだけ言って、受付の端に置かれた書類を手に取る。

 その動作は、驚くほど静かだった。

 怜は思う。

 ――強い。

 戦ったことがなくても分かる。

 この人は。

 本物だ。


 さらに。

 廊下の奥から、軽い足音が近づいてきた。

 細身の男。

 長髪を後ろでひとつに結び、手には杖。

 キアランだった。

 彼はテレサに軽く挨拶する。

「登録は終わりましたか」

「ええ」

 テレサが答える。

 キアランの視線が、怜に向く。

 冷静な目。

 だが、どこか柔らかい。

「体調は」

 短い問い。

「大丈夫です」

 キアランは小さく頷いた。

「それは良かった」

 一拍。

「ここでは怪我より書類の方が怖い」

 テレサが即座に言う。

「聞こえています」

 キアランは表情を変えずに答えた。

「失礼」

 ほんのわずかに、空気が緩む。

 やがて。

 テレサが言った。

「当面の宿舎を手配します」

 怜は聞き返した。

「宿舎?」

「未登録者を路上に放置すると、衛兵が仕事を増やされます」

 淡々とした説明。

「つまり」

 ペンを置く。

「あなたのためではありません」

 一拍。

「この国のためです」

 怜は小さく息を吐いた。

 ――ちゃんとしている。

 この国は。

 想像していたより、ずっとまともだった。

 そして。

 ここが。

 自分の生きる場所になる。

 その現実が、ゆっくりと形を持ち始めていた。



 NAME: Rei Koen

 ORIGIN: Hinomoto

 REGISTRY NO: A-73-1142

 REGALIA: Fujin

 REGALIA RANK: B

 PHY: D

 MAG: B

 OVERALL RANK: E

 STATUS: Registered

 RECORD: None

 AGE: 17

 LEGAL STATUS: Minor

 OPERATION LIMIT:Solo Mission: Prohibited

 DEPLOYMENT: Authorized Only Under Supervisor

 RISK CATEGORY:High Output Regalia User

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― 新着の感想 ―
初めて作品を拝読いたしました。 まだ読みはじめではありますが、あらすじを拝見して惹かれるものがありブクマさせていただきました。 王国最強の騎士、口の悪い戦術家・・・とても楽しみです。 ゆっくり読ませて…
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