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第35話 金欠、そして日当10万円

 金欠だった。


 非常に。


 深刻に。


 財布の中身を確認する。

 硬貨。

 二枚。

 以上。

 沈黙。

 怜はゆっくり財布を閉じた。

 見なかったことにはならない。

 残念ながら。

「……どうして」

 小さくつぶやく。


 漫画では。

 こういうとき。

 必ず起きる。


 魔物退治。

 スタンピード。

 緊急討伐。

 臨時報酬。


 だが。

 現実は違った。

「発生した異常個体は、王立軍第三中隊が制圧しました」

 掲示板の紙を読む。

 その下。

 別の紙。

「暴走精霊、都市警備隊が対応済み」

 さらに。

「野生魔獣出現、既に討伐済み」

 完璧だった。

 非常に。

 警察も軍も。

 仕事が早い。

 優秀すぎる。

 商売あがったりである。

 だが。

 この世界にも。

 最後の砦があった。


 王都・行政区画。

 石造りの建物。

 重厚な扉。

 そして。

 金色の看板。

 アーケイン・レジストリ。

 つまり。

 お役所。


 中は混雑していた。

 人。

 人。

 人。

 書類。

 書類。

 書類。


 怜は掲示板を眺める。

 依頼書がびっしり貼られている。

 この施設では。

 戦闘員として登録されていれば。

 依頼を受けて活動できる。

 傭兵。

 臨時戦力。

 補助要員。

 もちろん。

 怜も登録済み。

 ただし。

 保護者付き。

 非常に不本意だった。

 それでも。

 働ける。

 稼げる。

 そして。

 ここはお役所。

 つまり。

 民事の依頼もある。

 荷物運び。

 見張り。

 護衛。

 雑務。

 要するに。

 日雇いバイト。


 怜は周囲を見渡した。

 知っている顔を探す。

 職員。

 受付。

 常連。

 そして。

 見つけた。


「テレサさん」

 受付の女性が顔を上げた。

 柔らかな笑顔。

 慣れた手つきで書類を整理している。

「こんにちは、怜さん」

 穏やかな声。

「何かご用件ですか?」

 怜は少し身を乗り出した。

 真剣な顔。

「いい仕事、ありませんか」

 切実だった。

 非常に。

 テレサは一瞬だけ考えた。

 そして。

 にこりと笑った。

「少々お待ちください」

 来た。

 お役所。


 怜は椅子に座った。

 待つ。

 5分。

 10分。

 15分。

 時計を見る。

 役所というのは、どこの世界でも待ち時間が長い。


 そのとき。

 テレサが戻ってきた。

 書類を一枚持っている。

「一件あります」

 怜の背筋が伸びた。

「ある魔術師が」

 テレサは言う。

「異変の調査を行っています」

 怜の表情が少しだけ変わった。

「異変?」

 テレサはうなずく。

「詳細は機密扱いですが」

 少し声を落とす。

「ヴェイル関連の可能性があると」

 沈黙。

 怜の心臓が一度だけ強く打った。

 だが。

 次の言葉が。

 それ以上に強かった。

「報酬は」

 テレサは紙を指した。

「日給500ルーン」


 怜の思考が止まった。


 さらに。

 続ける。

「働きに応じて賞与があります」

 沈黙。

 怜は頭の中で計算した。

 この世界で暮らして。

 感覚が分かってきた。

 だいたい。

 1ルーン ≒ 200円。

 つまり。

 500ルーン。

 200円 × 500。

 ……

 ……

 10万円。


 怜の目が見開かれた。


「……10万」


 小さくつぶやく。

 日当。

 10万円。

 陰陽師として働いていた頃でも。

 ここまでの金額は。

 なかった。


 危険。

 調査。

 未知。


 そんなものは。

 頭から消えた。

 残ったのは。

 10万円。

 怜は即答した。

「やります」

 食い気味だった。

 テレサは少し驚いた顔をした。

「では」

 穏やかに言う。

「依頼主をお呼びしますね」


 数分後。

 扉が開いた。

 空気が変わった。

 ほんの少し。

 だが。

 確実に。

 入ってきた男は。

 背が高かった。

 細身。

 無駄のない体。

 長い髪。

 後ろで束ねている。

 そして。

 手には。

 眼鏡。

 時折。

 それをかける。

 冷たい目。

 整った顔立ち。

 クール系イケメン。

 完全に。

 そうだった。

 男は怜を見た。

 上から下まで。

 じっと。

 無遠慮に。

 数秒。

 そして。

 言った。

「……ガキじゃないか」

 沈黙。

 空気が凍った。

 文字通り。

 少し寒い。

 怜の眉が動いた。

 男は続ける。

 無表情で。

「助手を頼んだ覚えはある」

 一拍。

「子守りを頼んだ覚えはない」

 完全に。

 喧嘩を売っていた。

 テレサが慌てて口を挟む。

「登録上、戦闘能力は——」

 男は手を上げた。

 制止。

「不要だ」

 短く言う。

「帰れ」

 即刻。

 不採用。

 沈黙。

 怜の中で。

 何かが。

 切れた。


(10万円)


 その一言が。

 炎に油を注いだ。

 怜は一歩前に出た。

「戦闘力が問題なら」

 静かな声。

 男が眉をひそめる。

 怜は続けた。

「示せばいいですよね」

 空気が止まった。

 男は怜を見た。

 じっと。

 そして。

 わずかに。

 口角が上がった。

 初めて。

 興味を示した。

「面白い」

 低い声。

 男はゆっくりと眼鏡をかけた。

 かちり。

 その音が。

 やけに大きく響いた。

「なら」

 一歩前に出る。

 冷たい気配が広がる。

 床の温度が下がる。

 息が白くなる。

 氷。

 明らかに。

 強い。

 男は言った。

「決闘だ」

 静かに。

 はっきりと。

「そこで証明しろ」

 怜は迷わなかった。

 一瞬も。


 10万円のために。

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