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第34話 帰り道を探して、まずは台所から

 王都・中央塔を出たあとも。

 その言葉が、頭から離れなかった。


「ヴェイルだったのではないか?」


 石畳を歩く。

 人の声。

 遠くの蒸気機関の汽笛。

 いつもの王都。

 だが。

 心の中だけが静かだった。

 もし。

 あれが本当に。

 ヴェイルだったとしたら。

 私は。

 まだ。

 追われている。


 怜は立ち止まった。

 広場の真ん中。

 人の流れの中。

 拳を握る。

 帰りたい。

 元の世界に。

 家に。

 日常に。

 当たり前の食卓に。

 そして。

 ゆっくり息を吐いた。

「……手がかりを探そう」

 小さな声。

 だが。

 はっきりした声。

 一刻も早く。

 帰る方法を。

 見つける。

 決意した。

 その瞬間。

 腹が鳴った。

 ぐう。

 沈黙。

 怜は空を見上げた。

 非常に現実的だった。

「……まずは」

 小さくつぶやく。

 生き延びないと。


 そして。

 ここ最近の食生活を思い出した。

 血のソーセージ。

 謎のゼリー。

 匂いの強いチーズ。

 魚のパイ。

 胃が少し痛くなった。

 そのとき。

 ふと思った。

 いろいろ。

 本当に。

 いろいろな食べ物を経験して。

 ようやく気づいた。

 自分で作ればいいのでは?

 天啓だった。

 完全に。

 漫画でも。

 小説でも。

 異世界に来たら。

 日本の知識で。

 商売をする。

 常識である。


 怜は腕を組んだ。

 真剣な顔。

「……でも」

 すぐに現実が追いつく。

 私に作れる料理。

 卵焼き。

 以上。

 沈黙。

 怜は考えた。

 しばらく。

 真剣に。

 そして。

 ひらめいた。

 そうだ。

 宿舎。

 王立軍宿舎。

 食堂。

 プロがいる。

 シェフが。

「聞けばいい」

 名案だった。

 非常に。

 怜は歩き出した。

 やや早足。

 かなり期待している。



 王立軍宿舎・食堂。


 昼の仕込みの時間。

 厨房からは香ばしい匂いが漂ってくる。

 肉。

 油。

 スープ。

 安心する匂い。

 怜は扉を開けた。

「失礼します」

 中では。

 一人の男が鍋をかき混ぜていた。

 背が高い。

 腕が太い。

 白いコック帽。

 立派な口ひげ。

 そして。

 無駄に姿勢がいい。

 男は振り向いた。


 鋭い目。

 料理人の目。

「何だ」

 低い声。

 だが。

 不機嫌ではない。

 怜は背筋を伸ばした。

「料理について、少しお聞きしたくて」

 丁寧に言う。

 男は腕を組んだ。

 じっと見る。

 数秒。

 そして。

 名乗った。

「アルバートだ」

 短い。

「この食堂の責任者をしている」

 堂々と。

 誇りがある。

 完全に職人。

 シェフ・アルバート。


 怜は軽く頭を下げた。

「怜です」

 アルバートはうなずいた。

「で」

 鍋をかき混ぜながら言う。

「何を作りたい」

 直球だった。

 怜は少し考えた。

 そして。

 思いついた。

 定番。

 簡単。

 誰でも好き。

「ポテトチップスとか」

 言ってみる。

 自信あり。

 かなり。

 沈黙。

 アルバートの手が止まった。

 ゆっくり振り向く。

「……それは」

 静かな声。

「普通にある」

 沈黙。

 怜の表情が固まった。

 アルバートは続ける。

 真顔で。

「子どもの遠足の定番だ」

 終了。

 怜は咳払いした。

 気を取り直す。


 次。

 甘いもの。

 日本の定番。

 簡単。

 人気。

「では」

 少し身を乗り出す。

「プリンはどうですか」

 アルバートは瞬きした。

 一回。

「ある」

 即答。

「菓子店で売っている」

 淡々と。


 怜は天井を見上げた。


(おかしい)


 漫画では。

 これで。

 大成功するはず。

 おかしい。


 怜は最後の切り札を出した。

「ケーキは?」

 慎重に聞く。

 アルバートは眉をひそめた。

「あるに決まっている」

 当然の顔。

「王都に何軒あると思っている」

 やや呆れ気味。

 怜は固まった。

「……ケーキ屋が」

 ゆっくり聞く。

「あるんですか?」

 アルバートは完全に呆れた顔になった。

「当然ある」

 断言。

「祝い事も、誕生日も、結婚式もある」

 もっともな説明。

「菓子文化は古い」

 誇らしげ。


 怜は黙った。

 しばらく。

 完全に。

 頭の中で。

 今までの食卓が再生される。

 血のソーセージ。

 謎のゼリー。

 猛烈なチーズ。

 魚のパイ。

 そして。

 もう一度。

 確認する。

「……じゃあ」

 ゆっくり。

 本当にゆっくり。

「今まで私が食べさせられてきたものは」

 沈黙。


 アルバートは少し考えた。

 そして。

 真面目な顔で答えた。


「歓迎だ」


 一拍。

 そして。

 ほんの少し口元を緩めた。

「最大級のな」

 怜はその場に立ち尽くした。


 ——私、めちゃくちゃ歓迎されてた。

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