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第33話 面会

 王都・中央塔。

 石造りの高い建物。

 行政の中枢。

 そして——

 面倒ごとの発生源。


 怜は重い扉の前に立っていた。

 深呼吸。

 一回。

 もう一回。

 ノック。

「どうぞ」

 中から、落ち着いた声が返ってきた。

 室内は広かった。

 天井が高い。

 本棚が壁一面。

 分厚い書類。

 地図。

 古い装置。

 そして。

 机の向こう。

 椅子に深く腰掛けた男。

 フィンタン・マク・ダーナ。

 時空間魔術を研究するプロフェッサーと呼ばれる人物。

 今日もきっちりとした服装。

 隙のない姿勢。

 穏やかな表情。

 そして。

 嫌な予感しかしない笑顔。


「やあ、怜」

 軽い口調。

 まるで午後のティータイムに招いたかのような声。

「最近の調子はどうかな」

 怜は一礼した。

「問題ありません」

 形式的な返答。

 完全に形式的。

 だが。

 フィンタンは満足そうにうなずいた。

「それは結構」

 間。

 そして。

 にこりと笑う。

「胃袋の方も?」

 沈黙。

 怜の表情が固まった。

 数秒。

 静寂。


(言うと思った)


 怜は微笑んだ。

 完璧な微笑み。

 訓練された礼儀。

「慣れました」

 嘘だった。

 完全に嘘だった。

 フィンタンは感心したようにうなずく。

「それは素晴らしい」

 穏やかな声。

「我々の料理文化は、しばしば挑戦的だからね」

 にこやか。

 非常ににこやか。


(挑戦的じゃない。侵略的)


 怜は心の中でだけ言った。

 表情は崩さない。

 大人の対応。


 フィンタンは指を組んだ。

 机の上。

 静かに。

 そして。

 本題に入る。

「さて」

 空気が変わった。

 ほんの少し。

 だが。

 確実に。

「転移した際の状況を、もう一度確認したい」

 低い声。

 落ち着いた声。

 だが。

 真剣。

 怜は姿勢を正した。

「はい」

 短く答える。

「最初に遭遇した個体」

 フィンタンが言う。

「どのように対処した?」

 怜は思い出す。

 あの日。

 森。

 夜。

 血の匂い。

 恐怖。

 そして。

 剣。

「一体は」

 静かに言う。

「何とか倒しました」

 正直な言い方。

 誇張はない。

 自慢でもない。

 事実。

 フィンタンはうなずく。

「残りは?」

 怜は続ける。

「三体」

 間。

「風神で薙ぎ払いました」

 短い説明。

 だが。

 十分。

 フィンタンの眉がわずかに動いた。

 ほんの一瞬。

 見逃すほど小さい変化。

 だが。

 確かに。

 興味。

「なるほど」

 静かな声。

 考えている声。

 怜は少しだけ迷った。

 だが。

 言う。

「それと」

 フィンタンが顔を上げる。

 視線が合う。

「普段の妖と」

 少し言葉を選ぶ。

「何か違いました」

 沈黙。

 フィンタンは聞いた。

「どう違う?」

 怜は考える。

 うまく言葉にできない。

 だが。

 感覚は残っている。

「……嫌な感じがしました」

 正直な言葉。

 理屈ではない。

 直感。

「気配が」

 さらに続ける。

「重かった」

 静かな声。

 フィンタンは目を細めた。

 そして。

 ゆっくりとうなずいた。

「興味深い」

 低い声。

 沈黙。

 数秒。

 時計の音だけが響く。

 やがて。

 フィンタンは立ち上がった。

 窓の方へ歩く。

 手を後ろに組む。

 外を見る。

 王都の街並み。

 煙。

 塔。

 遠くの丘。

 そして。

 言った。

 静かに。

 だが。

 はっきりと。


「一つの仮説がある」

 怜の背筋が伸びた。

 自然に。

 フィンタンは振り向いた。

 その表情は。

 いつもの穏やかなものではない。

 研究者の顔。

「我々の世界と」

 ゆっくり言う。

「君が来た世界」

 間。

「完全に別のものではない」

 怜の心臓が跳ねた。

 フィンタンは続ける。

 落ち着いた声で。

「似ている」

 一言。

「歴史も」

「文化も」

「存在する概念も」

 淡々と並べる。

「だから私は考えている」

 少しだけ間。

「両者は」

 静かに。

「パラレルワールドの関係にあるのではないかと」

 沈黙。

 重い沈黙。

 怜は言葉を失った。

 理解はできる。

 だが。

 現実感がない。

 フィンタンは机に戻った。

 書類を一枚取り上げる。

 そして。

 静かに置く。

「もしそうなら」

 低い声。

「存在も」

 間。

「似る」

 怜の背筋に、冷たいものが走った。

 そのとき。

 フィンタンは、何気ない口調で言った。

 本当に。

 何気ない口調で。

「君を襲った存在」

 一拍。


「それは」

 ほんのわずかに。

 声が低くなる。


「ヴェイルだったのではないか?」


 沈黙。

 部屋の空気が止まった。

 完全に。

 怜の心臓が。

 大きく。

 一度だけ。

 打った。

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