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第28話 王都の洗礼、全霊

 王都・行政庁舎。

 報告室。


 怜は背筋を伸ばして座っていた。

 目の前には、ブリギット。

 その隣には、腕を組んだラウル。

 そして壁際には、相変わらず気楽そうな顔で立つマーラ。

 空気は重い。

 任務の内容が内容だったからだ。

 人型ヴェイルの出現。

 市街地での交戦。

 そして——完全消滅。

 通常なら、厳重な調査と事情聴取が続く。

 だが今回は違った。

「……以上が、現場の状況だ。」

 報告を終えたブリギットが、静かに書類を閉じた。

 部屋の中に沈黙が落ちる。

 やがて、彼女はゆっくりと息を吐いた。

「被害、ゼロ」

 短く言う。

「建造物損壊、軽微」

 さらに一行、確認する。

「民間人被害、なし」

 そして顔を上げた。

「——上出来だ。」

 その一言で、部屋の空気が少しだけ緩んだ。

 怜は胸の奥で、小さく安堵した。

 だが。


 次の瞬間。

 マーラが手を挙げた。

「はいはい、質問」

 軽い声。

 ブリギットの眉がわずかに動く。

「……何ですか」

 マーラはにこりと笑った。

「報酬の話なんだけどさ」

 沈黙。

 ラウルが目を閉じる。

 セラが小さく息を吐く。

 嫌な予感しかしない。

「今回、ほら」

 マーラは指を折りながら数え始めた。

「人型対応

 市街地保護

 結界展開

 完全消滅処理」

 一本ずつ。

「あと、後始末」

 最後に指を立てる。

「これ、全部やったでしょ?」

 にこり。

 満面の笑み。

「だからさ」

 一拍。

「特別危険手当、三倍でお願い」

 静寂。

 完全な静寂。

 ブリギットのこめかみに、ぴくりと筋が浮いた。

「……三倍?」

 低い声。

「うん」

 即答。

「あと成功報酬と緊急出動手当、それから——」

「却下です」

 即断。

 一刀両断。

 マーラは少し考えた。

 そして。

「じゃあ二・五倍」

 食い下がる。

 ブリギットは額を押さえた。

「あなたは……」

 深く息を吐く。

「少しは遠慮というものを覚えては……?」

 マーラは肩をすくめる。

「いやだってさ」

 悪びれもせず。

「命懸けだったし?」

 間違ってはいない。

 だが言い方が軽い。

 ブリギットはしばらく黙っていたが、やがて書類に視線を落とした。

 数秒。

 ペンが走る。

 さらさらと。

 そして。

「……一・五倍」

 短く言った。

 マーラの目が輝く。

「やった!」

 思わず両手を上げる。

 ラウルが小さく呟いた。

「交渉成立か……」

 半ば呆れた声。

 怜はその光景を見ながら、少しだけ現実感が戻ってくるのを感じていた。

 戦いは終わった。

 そして今は。

 日常だ。


「ところで」

 ブリギットが視線を向ける。

「怜」

 名前を呼ばれ、怜は姿勢を正した。

「はい」

「レジストリを確認しなさい」

 静かな指示。

 怜は胸元に手を伸ばした。

 金属製のカード。

 魔力登録証レジストリ。

 表面が淡く光る。

 指先で触れる。

 起動。

 内部情報が表示された。


 次の瞬間。

 怜の目が止まった。

「……え?」

 瞬き。

 もう一度確認。

 数値は変わらない。

 もう一度。

 見直す。

 やはり同じ。

「……えええ?」

 思わず声が出た。

 全員の視線が集まる。

 ブリギットが眉をひそめる。

「どうかしたか」

 怜は震える指で表示を指した。

「こ、これ……」

 声が裏返る。

「風神の潜在ランクが……」

 一拍。

「Sになってます」

 沈黙。

 ラウルが一歩近づいた。

 表示を見る。

 固まる。

 セラも覗き込む。

 目が丸くなる。

「一次的な魔力放出量……」

 彼女が読み上げる。

「Sランク到達」

 完全沈黙。

 マーラだけが、けろりとしていた。

「あー」

 気楽な声。

「それ、たぶん私のせい」

 全員が振り向いた。

「ちょっと本気で流したからさ」

 さらり。

 とんでもないことを言う。

 怜は完全に固まっていた。

 目玉が飛び出そうなほど見開かれている。

「……本気?」

 小さな声。

 マーラは笑った。

「半分くらい」

 その場にいた全員が、同時に黙った。



 数時間後。

 王都・中央区。

 夜。

 石畳の通りには灯りが並び、人々の笑い声が響いていた。


「打ち上げ!」

 マーラが宣言した。

 片手を高く上げる。

「今日は奢り!」

 歓声が上がる。

 その場には、新しい顔が三人いた。


 一人目。

 背の高い若い兵士。

 短い金髪。

 真面目そうな顔。

 彼は緊張した様子で立っていた。

 名前は——

 エドガー。

 王都守備隊所属。

 怜と同年代。

 そして。

 密かに。

 本当に密かに。

 怜に思いを寄せている青年だった。

「え、えっと……」

 ぎこちなく頭を下げる。

「今日はよろしくお願いします!」

 声が少し裏返った。

 マーラがにやりと笑う。

「硬い硬い」

 肩を叩く。

 エドガーは真っ赤になった。


 二人目。

 小柄な少女。

 栗色の短髪。

 活発な目。

 腕には工具袋。

「私はミレイ!」

 元気よく名乗る。

「鍛冶見習い! レガリア整備担当!」

 胸を張る。

「壊したら持ってきて!」

 笑顔。

 頼もしい。


 三人目。

 細身の青年。

 眼鏡。

 少し眠そうな目。

 白衣。

「……ローレンス」

 ぼそり。

「研究員。魔力測定担当」

 それだけ言って黙った。

 明らかに理系。

 明らかにマイペース。


 マーラが手を叩く。

「よし!」

 満足そうに頷く。

「今日は新人歓迎会も兼ねてるからね!」

 怜は少し驚いていた。

 知らない人たち。

 新しい関係。

 新しい日常。

 それが、少しだけ嬉しかった。

 そして。

 彼らは店の前に立った。

 木製の看板。

 古びた外観。

 香ばしい匂い。

 マーラが胸を張る。

「ここ、王都名物の店」

 自信満々。

 扉を開ける。

「おすすめだから!」

 中に入る。

 席に着く。

 料理が運ばれてくる。

 そして。

 皿の上を見た瞬間。

 怜は固まった。

 銀色の魚。

 丸ごと。

 パイの中。

「……これは」

 震える声。

 店員が誇らしげに言った。

「ニシンのパイでございます」

 さらに。

 透明な。

 ぷるぷるした。

 奇妙な物体。

 皿の中央に鎮座している。

「こちらは名物、ウナギのゼリー」

 沈黙。

 完全沈黙。

 怜の思考が止まった。

 視覚が拒否している。

 嗅覚も混乱している。

 エドガーが小さく言った。

「……美味しい、ですよ?」

 遠慮がちに。

 ミレイは元気に頷く。

「最初はびっくりするけど!」

 ローレンスは無表情でフォークを刺した。

 ぷるん。

 揺れた。

 怜は。

 ゆっくりと。

 マーラを見た。

 マーラは満面の笑みだった。

「さあ!」

 元気よく言う。

「王都の洗礼、いってみよう!」

 怜は思った。

 ——これは。

 戦闘より。

 厳しいかもしれない。

 そう、本気で思った。

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