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第24話 貸して

 ——王都南区・旧商業街外縁


 石畳の通りは、昼間だというのに妙に静かだった。

 店は開いている。

 人もいる。

 だが、誰もがどこか落ち着かない様子で足早に歩いている。

 視線を合わせない。

 立ち止まらない。

 何かを避けるように。

 怜はその空気を肌で感じていた。

「ここだ」

 前を歩いていたマーラが、歩調を緩めた。

 外套の裾を揺らしながら、さりげなく周囲を見渡す。

 その動きは自然で、目立たない。

 だが、確実に全てを把握している。

「目標はこの先の建物」

 顎で示す。

 通りの奥。

 三階建ての石造りの建物。

 窓は閉じられ、入口の看板は外されている。

 一見すれば、ただの空き店舗。

 だが。

「上級のレガリアを使う連中が潜伏してる」

 軽い口調で言った。

 内容は重い。

 怜は小さく息を飲む。

「過激派、ですか」

「そう」

 マーラは肩をすくめた。

「最近ちょっと増えててさ。

 力を持ったまま、頭おかしくなるタイプ」

 冗談のように言う。

 しかし目は笑っていない。

 怜は周囲を見渡した。

 家族連れ。

 商人。

 子ども。

 普通の人々。

「……住民がいます」

「いるね」

 即答だった。

 そして。

「だから暴れられない」

 さらりと言う。

 マーラは立ち止まった。

 通りの角。

 建物からおよそ五十メートル。

 ここから先が、戦場になる。

「まず確認」

 振り返る。

「怜」

「はい」

「怜、全力で術式撃てる?」

 短い問い。

 怜は考え、答えた。

「撃てます」

「ここで?」

 一拍。

 怜は周囲を見た。

 民家。

 人。

 商店。

 そして。

 小さく首を振った。

「……無理です」

 マーラは頷いた。

「正解」

 軽く笑う。

「戦場ってのは、場所を選ぶんだ」

 そう言って、懐から小さな金属片を取り出した。

 投げナイフ。

 刃は黒。

 柄には簡素な刻印。

 見覚えがあった。

(あれは……)

 以前、見た。

 無銘。

 炎系統。

 簡易型のレガリア。

 マーラはそれを指先でくるりと回した。

「ちょっと静かに始めるか」


 次の瞬間。

 ナイフが消えた。

 ——風を切る音。

 わずかに遅れて。

 建物の裏手から、爆ぜるような音がした。

 ドン

 炎。

 だが、小さい。

 壁の一部だけを焼いた、極めて限定的な爆発。

 同時に。

 通りの反対側で、別の音が鳴った。

 ガラスが割れる音。

 人々がざわめく。

「火事だ!」

「向こうだ!」

 人の流れが、建物から離れていく。

 自然に。

 恐慌にならない程度に。

 マーラは腕を組んだ。

「はい、これで避難開始」

 さらりと言う。

 怜は言葉を失った。

「……誘導、したんですか」

「うん」

 軽い返事。

「爆発は小さく。

 音は大きく。

 逃げ道は一つに」

 指を一本立てる。

「これで誰も巻き込まれない」

 当たり前のように言った。

 怜は息を呑んだ。

(これが……)

 戦場の作り方。

 力ではない。

 調整。

 判断。

 そして。

 責任。

 マーラが歩き出した。

「じゃ、仕事しよっか」

 その声は、軽かった。

 建物の扉を蹴り開けた。

 木片が飛び散る。

 同時に。

 空気が変わった。

 重い。

 濁った。

 嫌な気配。

「来たな」

 奥から声がした。

 男。

 数人。

 そして。


 ——異質な存在。

 人の形。

 だが。

 目が濁っている。

 肌が灰色に変色している。

 血管が、黒く浮き出ている。

 怜の背筋に冷たいものが走った。

「……眷属」

 かすれた声で言った。

 マーラが小さく頷く。

「元は人間」

 短い説明。

「今は違う」

 断言だった。

 男の一人が笑った。

「遅かったな、守備隊」

 その背後。

 人型のヴェイルの気配。

 完全な姿は見えない。

 だが。

 確かに、いる。

 怜の心臓が強く脈打った。

「歓迎してやるよ」

 男が手を掲げた。

 次の瞬間。

 床が光った。

 魔術式。

 罠。

「——来る!」

 マーラが叫んだ。

 床が爆ぜた。

 炎。

 衝撃。

 煙。

 だが。

 マーラはすでに動いていた。

 近くの棚から、短剣を掴む。

 別の机から、金属製の杖を引き抜く。

 壁に掛けられていた拳銃を奪う。

 すべて。

 一瞬。

「現地調達、っと」

 軽く言う。

 次の瞬間。

 動いた。

 速い。

 いや。

 異常だった。

 短剣で腕を切り裂き。

 杖で顎を打ち抜き。

 拳銃で脚を撃ち抜く。

 一撃。

 一人。

 一撃。

 一人。

 無駄がない。

 止まらない。

 まるで。

 一騎当千。

 戦場を一人で支配していた。

 怜は息を呑んだ。

(この人……)


 その時。

 眷属が前に出た。

 ゆっくり。

 人の顔。

 だが。

 人ではない。

 怜の手が止まった。

(元は……人)

 胸が締め付けられる。

 刃が、震える。

 一瞬。

 本当に一瞬。

 迷った。


 その瞬間。

 眷属の背後で。

 人間の男が笑った。

「甘いな」

 次の瞬間。

 子どもの悲鳴が響いた。

 振り向く。

 壁際。

 小さな少女。

 首元に刃。

 人質。

「動くな」

 男が言った。

 怜の血が凍った。

 マーラの動きも止まる。

 静寂。

 重い。

 張り詰めた空気。

 男が笑う。

「一瞬、止まったな」

 怜を見ている。

「見逃さなかったぞ」

 心臓が強く打つ。

 呼吸が浅くなる。


 マーラが、ちらりと横目で怜を見た。

 怒っていない。

 責めてもいない。

 ただ。

 状況を計算していた。

 その視線が。

 怜の手元へ向いた。


 ——風神。

 鞘に収まった日本刀型レガリア。


 マーラの目が細くなる。

「……風属性か」

 小さく呟いた。


 次の瞬間。

 笑った。

 いつもの、少し軽い笑み。


 だが。

 目は戦場のそれだった。

 そして。

 言った。

「怜」

 一拍。

 静かに。

 しかし。

 迷いなく。


「風神、貸して」

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