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第21話 境界から来たもの

 ——王都外縁・旧街道林地


 残滓の群れを制圧した後も、隊はすぐには動かなかった。

 戦闘の熱気がまだ地面に残り、折れた枝葉の匂いと焦げた土の臭気が風に混じっている。

 静まり返った森は、むしろ戦闘中よりも不気味だった。

 ラウルがゆっくりと周囲を見渡し、慎重に息を吐いた。

「……周辺警戒を維持」

 命令は低く、抑えられていたが、緊張の色は隠せない。

 残滓の出現が異常であることは全員が理解していた。

 だからこそ、ここで気を緩める者はいない。

 ユーグが長銃を肩に掛け直しながら、苦笑まじりに言った。

「まったく、今日はついてないな。

 これだけ派手に暴れて、まだ終わりじゃない顔をしてる」

 冗談のような口調だったが、視線は鋭いままだった。

 彼の指はいつでも引き金を引ける位置に置かれている。

 セラが小さく眉を寄せた。

「……静かすぎます」

 言葉にした瞬間、空気が一段と張り詰めた。

 鳥の鳴き声も、虫の羽音も聞こえない。

 森全体が息を潜めているようだった。


 その時だった。

 乾いた足音が響いた。

 ——コツ。

 石を踏む、硬質な音。

 獣の足取りではない。

 人間の歩行に近い、規則正しい間隔。

 全員の視線が、同時に一点へ集まった。

 森の奥。

 薄暗い木立の隙間から、影がゆっくりと現れる。

 人型だった。

 背丈は成人男性ほど。

 直立し、迷いのない歩調でこちらへ近づいてくる。

 腕の振り方、重心の移動、足の運び方――そのすべてが、訓練された兵士のように整っていた。

 だが。

 決定的に違うものがあった。

 瞳だった。

 感情がない。

 怒りも、恐怖も、好奇心すら見えない。

 ただ対象を測定し、評価し、処理するためだけの視線。

 ラウルの声が低く落ちた。

「……第三種」

 わずかな間を置いて、続ける。

執行者エグゼクター

 その言葉を聞いた瞬間、ユーグの表情から余裕が消えた。

「おいおい……」

 乾いた笑いが漏れる。

「冗談だろ。

 記録の中だけの連中じゃなかったのか」

 セラも言葉を失っていた。

 書類の上でしか知らなかった存在が、今まさに目の前に立っている。

 それは想像以上に現実感を奪う光景だった。

 人型は、ゆっくりと歩みを止めた。

 距離はおよそ三十メートル。

 互いに攻撃が届く、ぎりぎりの間合い。

 ユーグが無言で長銃を構える。

 照準。

 呼吸。

 固定。

 引き金を引いた。

 銃声が森に響く。

 魔力弾は正確に人型の胸部へ命中した。

 だが、その身体は崩れなかった。

 わずかに後退しただけで、すぐに姿勢を立て直す。

 まるで、衝撃の大きさを測定しているかのように。

 そして。

 ゆっくりと顔を上げた。

 その視線が、真っ直ぐに怜へ向けられる。

 迷いがない。

 一瞬で選択した。

 この場で最も危険な存在を。

 人型の口が動いた。

「——確認」

 低く、滑らかな発音。

 完全に整った言語。

 セラが小さく息を呑む。

「……話した」

 ラウルが即座に判断した。

「戦闘準備」

 短い命令だった。

 だが、その意味は重い。


 怜は自然と一歩前に出ていた。

 自分でも意識しないまま、前衛の位置に立っている。

 手の中の刀が、微かに震えた。

 風神。

『また使うか』

 いつもの声だった。

 落ち着いていて、どこか皮肉めいた響き。

(退かせる)

 怜は短く答えた。

(倒す必要はない)

 数秒の沈黙の後、風神が低く言った。

『……賢明だな』

 空気が動き始める。

 前回よりも早く、確実に風が集まっていく。

 刃の周囲に渦が生まれ、周囲の枯葉が浮き上がった。

 その変化を、人型は見逃さなかった。

 姿勢がわずかに変わる。

 警戒の兆候。

 評価が更新された。

 危険度——最大。

 怜は深く息を吸い、踏み込んだ。

 刀を横薙ぎに振る。

 その瞬間。

 風が解き放たれた。

 爆発的な衝撃波が一直線に走り、空気を裂きながら人型へ叩きつけられる。

 木々が軋み、地面が抉れ、土砂が巻き上がった。

 視界が白く染まる。

 数秒後。

 風が止んだ。

 砂煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには。

 人型の姿はなかった。

 血も、肉片も、残骸もない。

 ただ。

 地面に深く刻まれた、後退の痕跡だけが残っていた。

 逃げた。

 判断して。

 退却した。

 ラウルが静かに言った。

「……撤退判断」

 そして続ける。

「自律行動個体、確認」

 ユーグが舌打ちした。

「最悪だな。

 敵が考えて動いてるってことだ」

 セラが頷いた。

「ええ。

 しかも、恐らくは――」

 一拍。

「こちらを観察しています」


 怜は刀を納めた。

 風が消える。

 その瞬間。

 胸の奥に、かすかな違和感が残った。

 重い。

 わずかに。

 だが確実に。

 何かを使いすぎた感覚が。

 まだ。

 誰も気づいていなかった。

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