第20話 風は名に応じて応える
——王都外縁・旧街道林地
銃声が連続していた。
乾いた破裂音。
間断のない連射。
ユーグの長銃が火を吹く。
魔力を込めた弾丸が青白く閃き、一直線に飛翔する。
命中。
だが。
止まらない。
四足。
大型。
厚い外皮。
魔物に酷似した姿。
ラウルが短く言った。
「第一種」
一拍。
「残滓」
現場用語だった。
見た目は魔物と変わらない。
牙。
筋肉。
獣の咆哮。
だが。
出現の仕方が違う。
痕跡がない。
巣がない。
移動経路もない。
まるで。
境界の向こう側から。
こぼれ落ちてきたかのように。
突然。
そこに現れる。
ユーグが再装填しながら言う。
「……普通の魔物じゃない」
断定ではない。
経験からの判断。
セラが静かに続ける。
「自然発生の記録がありません」
この世界では。
魔物は自然発生する。
地域に根付き。
繁殖し。
縄張りを持つ。
危険ではあるが。
理解できる存在。
だが。
目の前のそれは。
説明がつかない。
ラウルが言った。
「ヴェイル事案だ」
短い。
重い言葉。
それは種の名前ではない。
脅威分類。
境界を越えて現れる存在。
原因不明。
原理不明。
ただ。
現実に侵入してくるもの。
だから。
そう呼ばれる。
ヴェイル。
ユーグが射撃を続ける。
だが。
押し切れない。
距離が詰まる。
重い足音。
地面が揺れる。
前列の残滓が突進した。
「来る!」
セラが叫ぶ。
防御姿勢。
だが。
止めきれない。
銃は優れた武装だ。
対人制圧。
精度。
連射。
だが。
大出力魔法ほどの破壊力は持たない。
大型個体の突破力には。
押し負ける。
残滓が跳んだ。
爪が振り下ろされる。
その瞬間。
風が動いた。
最初は。
わずか。
草が揺れる。
次に。
空気が収束する。
静かに。
しかし。
確実に。
怜は。
ゆっくりと刀を抜いた。
澄んだ金属音。
刃に沿って。
風が流れる。
感覚は。
覚えている。
この力を。
解き放つのは。
あの日以来だった。
この世界に来た時。
空間が裂けた瞬間。
無意識に。
風が応じた。
それ以来。
戦いのために。
この力を振るうことはなかった。
だが。
声は。
いつも通りだった。
(風神)
心の中で呼ぶ。
返答は。
即座に返ってきた。
『遅いな』
聞き慣れた声音。
これまで何度も交わしてきた調子のまま。
『ようやく使う気になったか』
(状況が悪い)
『見れば分かる』
一拍。
風が収束する。
刃の周囲に。
静かに。
確実に。
『だが』
声が低くなる。
『名に応じて、風は動く』
短い。
断言。
怜は踏み込んだ。
一歩。
間合いに入る。
呼吸。
一定。
振り抜く。
横薙ぎ。
その瞬間。
風が解き放たれた。
轟音。
衝撃波が一直線に走る。
地面が抉れる。
木々が折れる。
残滓の群れが横から叩き潰された。
一体。
二体。
三体。
まとめて。
吹き飛ぶ。
砂塵が舞う。
そして。
静止。
完全停止。
数秒。
誰も動かなかった。
ユーグが呟く。
「……なんだ今の」
ラウルは答えない。
ただ。
怜の手元を見る。
抜き身の刃。
細い風がまとわりついている。
静かに。
だが。
確かに。
応じている。
セラが小さく言った。
「……レガリア」
確認の声。
当然の判断。
この世界では。
魔術師は必ずレガリアを所持している。
市販され。
登録され。
日常的に携行される。
魔力を扱うための媒体。
そして。
個人に紐づく固有武装。
だが。
目の前のそれは。
明らかに。
格が違った。
ラウルが言う。
「銘持ちか」
怜は答える。
「風神」
短い。
正式な名。
ユーグがレジストリを確認する。
表示が更新されている。
装備識別。
登録名。
位階。
「……B」
小さく息を吐く。
「銘付きで、この位階」
驚き半分。
納得半分。
セラが静かに言う。
「レガリアの銘は」
一拍。
「格に見合わなければ意味を持ちません」
「名だけでは」
「魔術は成立しない」
ラウルが続ける。
「だが」
一拍。
「これは成立している」
事実。
否定不能。
風は。
確かに。
応じていた。
戦線は維持された。
だが。
全員理解していた。
これは。
ただの魔物討伐ではない。
原因がある。
だが。
まだ。
姿は見えていない。
ラウルが言った。
「報告する」
短い。
「ヴェイル事案」
一拍。
「発生規模、再評価」
断定。
怜は刀を納めた。
風が消える。
静かに。
確実に。
レジストリ内部。
新しい記録が刻まれる。
戦闘履歴:実戦
対象:第一種残滓
結果:群体制圧
そして。
もう一行。
装備識別:風神
位階:B
風は。
名に応じて。
応えた。




