表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/123

第17話 住まいと、管理責任

 ——王都・行政庁舎。


 石造りの廊下は冷えていた。

 昼だというのに、窓から入る光は弱い。


 机の上に書類が並んでいる。

 厚紙。封蝋。印章。

 役人が最後の一枚を確認した。

「身元引受申請書」

 読み上げる声は乾いていた。

「被保護者——高円 怜。年齢、十七歳」

 周囲の数人が目を上げた。

 少女。

 外套姿。

 背筋は伸びている。

 だが——

 未成年。


 役人は次の行を指でなぞった。

「一次保護措置を継続。その監督責任を——」

 書類の下段。

「ブリギット・アーウィンが負う」

 沈黙。

 役人は鉄の印章を持ち上げた。

 わずかに。

 空気が張り詰める。

 そして。

 重い音が響いた。

 ドン。

「身元引受は受理された」

 その一言で。

 紙は。

 契約になった。


 空気がわずかに変わる。

 役人は続ける。

「以後、この未成年者の行動責任はブリギット・アーウィンが負う」

 視線がブリギットに向く。


「問題を起こした場合——」

 ブリギットは即答した。

「私が処理する」


「負傷した場合——」

「私が対応する」


「死亡した場合——」

 一瞬だけ。

 静寂。

 ブリギットは目を逸らさなかった。

「私が報告する」


 声は変わらない。

 淡々としている。

 だが。

 逃げない声だった。

 役人は頷いた。

「了解した」

 そして。

 怜を見る。

「お前は保護対象だ」

 怜は少しだけ眉を寄せた。

「……辞退は可能ですか」

 即答。

 声が重なった。

「不可能だ」

「却下する」

 一拍。

 怜は小さく息を吐いた。

「……承知しました」

 背後で誰かが小さく笑った。


 ——宿舎・廊下

 石の床を靴が叩く。

 ブリギットが先を歩き、怜が続く。

「部屋を移す」

 短い。

「同じ建物だ」

「問題がありますか」

「責任の所在を明確にする」

 一拍。

 怜は頷いた。

「……管理ですね」

「そうだ」

 廊下の曲がり角を一つ曲がる。

 ここは今まで通ったことがない区画だった。

 静かだ。

 人の気配は少ない。

 ブリギットは扉の横の札を外した。

 そして。

 新しい札を差し込む。

 カチ。

 乾いた音。

 怜はそれを見た。


 管理対象:高円 怜

 責任者:ブリギット・アーウィン


 その文字は。

 命令よりも。

 重かった。

 扉が開く。

 部屋は少し広かった。

 ベッド。

 机。

 棚。

 暖炉。

 窓。

 最低限。

 だが。

 整っている。


「問題ないか」

「ありません」


「門限は二十二時」

「はい」


「外出は申告しろ」

「はい」


「体調を崩すな」

 一拍。

 怜はわずかに迷った。

「努力します」


 ブリギットは机の上に小さな包みを置いた。

「予備だ」

 中には手袋。

 厚手。

 軍用。

 怜は少しだけ驚いた。

「……ありがとうございます」

 ブリギットは背を向けた。

 扉に手をかける。

 そして。

 短く言った。

「寒い」

 それだけ。

 扉が閉まる。

 静か。

 怜は部屋の中央に立った。

(逃げ場がなくなった)

 小さく息を吐く。


 コンコン。

 扉が叩かれた。

「いる?」

 軽い声。

 マーラだった。

 外套姿。

 いつもの気楽な顔。

「引っ越したの?」

「部屋が変わりました」

 マーラは部屋を見回す。

 そして。

 扉の札を見る。

 管理対象。

 責任者。

 口元が少し上がる。

「昇格?」

「管理です」

「それ監禁って言うんだよ」

「否定しません」

 マーラは笑った。

「気に入った」

 彼女は勝手に椅子に座った。

「で?」

「何か用ですか」

「ない」

 即答。

「じゃあ帰ってください」

「冷たいなあ」

 マーラは机の上の手袋を見た。

 指で触る。

「新品」

「はい」

「ブリギット?」

「はい」

 一瞬。

 マーラの表情が柔らかくなった。

「過保護だね」

 怜は答えなかった。

 代わりに。

 窓の外を見た。

 王都が広がっていた。

 石畳。

 煙突。

 灯り。

 人。

 普通の生活。

 子供が走る。

 パン屋が叫ぶ。

 鍛冶屋が槌を振るう。

 衛兵が歩く。

 世界は。

 平和だった。

「外、出る?」

「外出申告が必要です」

「したことにしとく」

「それは規則違反です」

「真面目だねえ」

 マーラは肩をすくめた。

「じゃ、正式に申告してから行こう。

 街、案内してあげる」

 怜は少し考えた。

「……お願いします」



 ——王都・南区 街路

 夕方。

 人が多い。

 声が多い。

 生活がある。

 マーラは歩きながら指差した。

「あそこが食堂。安い。味は普通。量は多い」

「重要ですね」

「生きる上ではね」

 少し進む。

 今度は武器屋。

「あそこはボッタクリ」

「入ったことがありますか」

「ある」

 一拍。

「二度と入らない」

 怜は真顔で頷いた。

 路地の入口を指す。

「ここは夜は通るな」

「危険ですか」

「面倒」

 短い。

 だが十分だった。

 その時。

 ドン。

 遠くで荷物が落ちた音。

 その瞬間。

 怜の体が。

 わずかに。

 構えた。

 ほんの一瞬。

 だが。

 マーラは見逃さなかった。

「音に反応したね」

 怜は少しだけ間を置いた。

「癖です」

「どこで覚えたの?」

 短い沈黙。

「家業です」

「商売?」

「魔物退治です」

 風が吹いた。

 マーラは少しだけ目を細めた。

(なるほどね)

 口には出さない。

 ただ。

 小さく笑った。


 その時。

 子供が犬を追いかけて走っていった。

「待てー!」

 犬が吠える。

 怜はそれを見ていた。

 ほんの少しだけ。

 表情が緩んだ。

 マーラはそれを見た。

 何も言わない。

 ただ。

 歩いた。



 ——夜

 宿舎・屋上

 冷たい風。

 静かな空。

 怜は手すりの前に立った。

 しばらく黙る。

 そして。

 指先で空を軽く弾いた。

 風が集まる。

 小さな渦。

 いつもの合図だった。

「起きていますか」

 風が揺れる。

 そして。

 止まった。

 わずかに。

 温度が変わる。

 音が。

 遠のく。

 世界が。

 一瞬だけ。

 深くなる。

 そして。

 声。

『久しい』

 低く。

 静かな声。

 人ではない。

 だが。

 敵でもない。

「三日ぶりです」

『狭い』

 第一声。

 怜は小さく息を吐いた。

「宿舎です」

『山が良い』

「ここは山ではありません」

 沈黙。

 風が静かに流れる。

 やがて。

『守れるか』

 突然だった。

 怜は街を見た。

 灯り。

 人。

 生活。

 しばらくして。

 静かに言った。

「分かりません」

 一拍。

「でも」

 風が止まる。

「やります」

 短い。

 それだけだった。

 遠くで鐘が鳴った。

 王都の夜が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ