第16話 保証人と、面倒な上官たち
アーケイン・レジストリ王都本局前。
怜は建物を出た瞬間、深く息を吐いた。
「はぁぁぁ……」
肺の底まで空気を入れる。
「疲れた……」
隣でドナルが腕を組んだ。
「戦ってないだろ」
「役所は別の意味で戦場なんです」
真顔だった。
その時。
背後で。
ゴォンと重い音がした。
巨大な扉が開く。
空気が変わる。
人の流れが自然に割れ、
兵士が背筋を伸ばし、
職員が動きを止める。
理由は一つ。
怜は振り返った。
そして。
反射的に姿勢を正した。
「……団長」
長身の女性。
金髪。
蒼い瞳。
白と蒼の隊服。
防弾、防刃、対魔力に優れた実戦装備。
王国最強格の戦力。
第一戦闘団長。
ブリギット。
彼女は足を止めた。
視線が怜に向く。
数秒。
静かな観察。
そして。
わずかに頷いた。
「高円怜」
短い呼びかけ。
覚えている声。
覚えている目。
怜は背筋を伸ばした。
「はい」
完全に訓練された返事だった。
ドナルが口を開いた。
「まだ現場の処理が残ってるはずだが」
ブリギットは即答した。
「終わっている」
短い。
断定。
彼女は続けた。
「地下施設は封鎖済み」
一拍。
「残敵は殲滅」
さらに。
「証拠物件も回収した」
怜は小さく息を吐いた。
知らないうちに、力が入っていたらしい。
「……よかった」
その瞬間。
横から声が飛んだ。
「いやー、マジで大変だったわよ?」
軽い声。
明るい声。
空気をまるごと崩す声。
怜は振り向いた。
そして。
思わず言った。
「マーラさん……」
そこにいたのは。
軽装の女性。
露出多め。
肩を出した装備。
腰の動きが軽い。
だが。
隙はない。
視線は常に周囲を読んでいる。
王国屈指の索敵能力。
魔力探知の達人。
そして。
ブリギットにため口が許されている数少ない人物。
マーラは大きく伸びをした。
「ほんっと、地下って最悪」
肩を回す。
「広いくせに狭いし」
怜は首をかしげた。
「……広いのか狭いのかどっちなんですか」
マーラは即答した。
「気分の問題」
ドナルが言った。
「雑だな」
マーラはにやりと笑った。
「だってあんた途中で帰ったじゃん」
ドナルの眉がぴくりと動いた。
「撤退だ」
マーラは手をひらひら振った。
「はいはい、戦術的撤退ねー」
完全にからかっていた。
ブリギットは無視した。
慣れている。
完全に。
彼女は怜を見た。
まっすぐ。
そして。
言った。
「本題に入る」
空気が戻る。
一瞬で。
ドナルが腕を組んだ。
「だろうな」
ブリギットは淡々と言った。
「未成年の実戦参加」
沈黙。
「保護者不在」
沈黙。
「責任所在不明」
怜は天を仰いだ。
「やっぱりそれですか……」
マーラが横から割り込んだ。
「そりゃそうでしょ」
指を一本立てる。
「十七歳」
もう一本。
「身元不明」
さらに一本。
「やたら強い」
指を三本並べた。
「怪しさ満点」
怜は即座に反論した。
「怪しくないです!」
マーラは肩をすくめた。
「いやー、怪しいでしょ普通に」
ドナルが小さくうなずいた。
「怪しいな」
怜は絶望した。
「味方がいない……」
ブリギットは言った。
静かに。
「保証人が必要だ」
沈黙。
誰も。
何も言わなかった。
マーラが横から言った。
「ドナルでいいじゃん」
軽かった。
あまりにも。
ドナルは即答した。
「断る」
早すぎた。
怜は振り向いた。
「早くないですか!?」
ドナルは真顔だった。
「責任が増える」
一拍。
「だから軽々しくは背負えん」
マーラは笑った。
「正直すぎる」
怜は肩を落とした。
「詰んだ……」
その時。
ブリギットが動いた。
一歩。
前に出た。
わずかだが。
確かな動き。
そして。
言った。
「私が引き受ける」
沈黙。
空気が止まった。
本当に。
止まった。
マーラが最初に反応した。
「え?」
素だった。
ドナルの目が細くなる。
「……本気か」
ブリギットは即答した。
「本気だ」
迷いはなかった。
怜は完全に固まっていた。
「え……?」
ブリギットは淡々と続けた。
「戦力は管理する」
一拍。
「それが指揮官の仕事だ」
さらに。
静かに。
言った。
「責任も含めて」
その言葉は。
冷たい。
だが。
責任そのものだった。
マーラは腕を組んだ。
そして。
にやりと笑った。
「面白くなってきたじゃん」
怜は小さく言った。
「面白くないです……」
ドナルは静かに息を吐いた。
「……厄介なことになったな」
それは。
戦闘よりも。
よほど現実的な問題だった。




