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第13話 生還 

 外の空気は冷たかった。

 肺に流れ込んだ瞬間、胸の奥が痛んだ。

 地下の湿った空気とはまるで違う。乾いていて、澄んでいて――そして、生きていることを強く意識させる。


 怜は思わず足を止めた。

 膝が、わずかに震えている。

「止まるな」

 ブリギットの声が背中から飛んだ。

 短く、迷いのない命令。

「安全圏までは歩け」

 怜ははっとして、再び歩き出した。

 振り返りたい気持ちはある。

 だが、まだ安全ではない。

 それはもう分かっていた。


 外は夜だった。

 街灯の明かりが濡れた石畳を照らしている。

 遠くで鐘の音が鳴っていた。

 普通の夜。

 戦いなど存在しないかのような静けさ。

 その静寂の中で。

 重い音が地下の奥から響いた。

 怜の心臓が跳ねる。

 次の瞬間。


 影が。

 出口から飛び出した。

 地面に着地。

 石畳がわずかにひび割れる。

 ドナルだった。

 息は荒い。

 肩で呼吸している。

 腕には深い傷が一本走っていた。

 血が流れている。

 だが。

 立っている。


 マーラが口を開いた。

「……やるじゃん」

 軽い口調。

 だが。

 ほんの少しだけ。

 声が柔らかかった。


 ドナルは苦笑した。

「死ぬかと思った」

 正直な言葉だった。

 キアランがすぐに近づく。

 杖をかざす。

 淡い光が傷口を包む。

「致命傷ではない」

 冷静な診断。

 一拍。

「戦闘継続は不可能。だが、行動は可能」

 実務的な評価だった。

「痛ぇのは変わらんけどな」

 ドナルが顔をしかめた。

 マーラが肩をすくめる。

「その程度で済んだなら上出来でしょ」

 ブリギットは数秒、黙ってドナルを見ていた。

 評価するように。

 確認するように。

 やがて。

 短く言った。

「任務は完了している」

 それだけ。

 だが。

 ドナルの口元がわずかに緩んだ。


 怜はその光景を見ていた。

 胸の奥に。

 奇妙な感情が広がっている。

 安堵。

 恐怖。

 そして。

 尊敬。

(この人たちは……)

 本当に。

 命を懸けている。

 その現実が。

 ようやく実感として落ちてきた。

 そのとき。


 キアランがゆっくりと振り返った。

 地下の入口。

 暗闇の奥を見つめている。

「追跡反応なし」

 短い報告。

 だが。

 声は重かった。

 ブリギットが頷く。

「撤収する」

 命令。

 全員が動き出す。

 だが。

 キアランだけが。

 その場に残った。

 杖を地面に触れさせる。

 光が広がる。

 紋様が浮かぶ。

 探知。

 数秒。

 沈黙。

 そして。


 彼は言った。

「……異常だ」

 ブリギットが足を止めた。

「説明」

 短い。

 キアランは少しだけ言葉を選んだ。

「歪体の発生密度が高すぎる」

 沈黙。

「同時出現数、増殖速度、個体強度」

 一拍。

「すべてが基準値を超過している」

 空気が静かに張り詰めた。

「自然発生では説明できない」

 怜の背中に冷たいものが走った。

 誰かが。

 作っている。

 その考えが、頭をよぎる。

 マーラが小さく息を吐いた。

「つまり」

 軽く言う。

「人為的ってこと?」

 キアランは答えない。

 だが。

 沈黙が答えだった。

 夜の空気が。

 少しだけ冷たくなった気がした。

 ブリギットがゆっくりと振り返る。

 視線は。

 遠く。

 街の向こう。

 見えない何かを見据えていた。

「報告する」

 短く言った。

「これは」

 一拍。

「局地事案ではない」

 さらに。

 静かに。

 続けた。

「広域事案として扱う」

 怜はその言葉の意味を、完全には理解できなかった。

 だが。

 直感した。

 これは。

 もっと大きな戦いの。

 始まりなのだと。

 そして。

 この夜は。

 まだ終わっていない。

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