第11話 増殖
静寂は、長く続かなかった。
「まだ終わっていない」
キアランの声は低かった。
だが、その中に明確な緊張が混じっていた。
ブリギットが即座に反応する。
「報告」
短い命令。
キアランは杖を床に軽く触れさせた。
淡い光が広がり、周囲の空間に波紋のような紋様が浮かび上がる。
探知術。
怜は息を止めた。
空気が、重い。
「反応を確認」
キアランが言った。
一拍。
そして。
「複数」
その言葉が落ちた瞬間。
地下の奥から。
音がした。
ずるり。
何かが水をかき分けて動く音。
ひとつではない。
二つ。
三つ。
いや。
もっと。
暗闇の奥。
そこに。
赤い光が灯った。
ひとつ。
またひとつ。
さらに。
増える。
無数の赤い点が。
闇の中で。
静かに揺れていた。
増えている。
今、この瞬間にも。
怜の背筋が冷えた。
(多い)
数が。
多すぎる。
「残滓群」
キアランが告げる。
「推定二十以上」
一拍。
この区域では、あり得ない数だった。
ドナルが舌打ちした。
「面倒だな」
マーラは肩をすくめた。
「さっきの大物よりはマシでしょ」
軽い口調。
だが。
呼吸はまだ少し荒い。
先ほどの戦闘が楽ではなかったことは明らかだった。
そのとき。
さらに奥。
別の音がした。
重い。
ゆっくりと。
床を踏みしめる音。
ドン。
ドン。
ドン。
空気が震える。
怜の胸がざわついた。
(嫌な感じがする)
直感だった。
キアランの表情が硬くなる。
「……新たな個体」
沈黙。
「反応強度――」
一瞬。
言葉が止まった。
「歪体級」
空気が変わった。
ドナルが小さく息を吐く。
「またかよ」
マーラが苦笑する。
「今日はサービス過剰だね」
ブリギットは迷わなかった。
「撤退する」
即断だった。
怜は一瞬、驚いた。
戦うと思っていた。
だが。
ブリギットの判断は冷静だった。
「目的は達成済み。損耗は避ける」
合理的。
それが分かる。
だが。
残滓たちは。
もう。
動き出していた。
水をかき分け。
壁を這い。
床を叩き。
距離が。
縮まっている。
「隊形維持」
ブリギットが言う。
「後退」
全員が同時に動いた。
ドナルが前へ。
キアランが中央。
マーラが側面。
そして。
怜。
最後尾。
(足が重い)
恐怖。
だが。
止まれない。
そのとき。
残滓の一体が跳び出した。
速い。
一直線。
狙いは。
怜。
息が詰まる。
体が固まる。
避けなければ。
そう思う。
だが。
足が。
動かない。
その瞬間。
横から風が吹いた。
突風。
体が押し出される。
爪が空を切る。
マーラだった。
怜の肩を掴み、強引に引き寄せていた。
「ぼーっとしてると死ぬよ」
軽い口調。
だが。
目は真剣だった。
怜は小さく頷いた。
「……はい」
心臓が激しく鳴っている。
だが。
恐怖の奥に。
別の感情があった。
悔しさ。
(足手まといになりたくない)
そのとき。
ブリギットが振り返る。
「急ぐ」
短い命令。
前方に。
光。
出口。
あと少し。
その瞬間。
背後で。
咆哮が上がった。
新たな歪体。
姿が。
闇の中から現れた。
先ほどの個体より。
わずかに。
大きい。
怜の背筋に冷たい汗が流れた。
(本当に)
(終わっていない)
戦いは。
まだ。
始まったばかりだった。
数が、違う。




