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第106話 壁と嵐と弟子入り騒動

 王都・第一師団訓練場。


 昼下がり。


 ――平和だった。


「よし、今日は軽めにやろか」

 未央が肩を回す。

「軽めって言ったときの未央は信用できない」

 怜が即答する。

「ひどない?」

「事実」

 そのやり取りを、少し離れたところでマーラがぼんやり眺めていた。

「いいねえ、青春」

「他人事やめてください」

 怜が振り向く。

 その瞬間。

 未央が動いた。

「行くで!」

「早い!」

 木刀が振り下ろされる。

 怜は受ける。

 受ける――が。


「……え?」

 なぜか、未央の木刀がその外側に滑る。

 まただ。

 ほんの少しだけ、ズレる。

「今の何!?」

「知らん!」

 未央も困っている。

「なんか勝手に合うねん!」

「合うって何!?」

 その時だった。

 遠くから重い足音が近づいてくる。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 空気が変わる。

 訓練場のざわめきが、すっと消える。

 全員が無意識に姿勢を正した。

 入口に立っていたのは――

 ブリギット・アーウィン中将。

 第一師団長。

 王都防衛の全権を握る女。

 圧が違う。

 存在感が、違う。

 未央が小さく言う。

「……来たで、壁」


「聞こえている。」

 即答だった。


 未央がビクッとする。

「こっわ」

 ブリギットはゆっくりと歩いてくる。

 無駄のない足取り。

 視線が動く。

 怜。

 マーラ。

 そして。

 未央で止まる。

 一瞬。

 沈黙。

 ――見られている。

 ただそれだけで、背筋が伸びる。


「……なるほど」

 ブリギットが呟く。

 それだけ。

 だが、空気が変わる。

「未央」

「はい?」

 急に呼ばれて、声が裏返る。

「今のをもう一度やれ」

「今のって、どれです?」

「全部だ」

「雑ぅ!」

 思わず突っ込む。

 だが。

「いいからやれ」

「はい」

 即従う。

 未央は構える。

 怜も構える。

「……行くで」

 踏み込み。

 斬撃。

 受け。

 そして。

 また、ズレる。

 ほんのわずかに。

 だが確実に。

 ブリギットの目が細くなる。

 観る。

 完全に。

 逃がさない。

 数手。

 やがて。

「もういい」

 短く言う。

 未央が息を吐く。

「なんやねん、さっきから」

 ブリギットは一歩近づく。

 距離が詰まる。

 圧が増す。

「天王寺未央」

「はい」

「私のところに来ないか」


 沈黙。


 訓練場の空気が固まる。

「……は?」

 未央が間の抜けた声を出す。

 ブリギットは淡々と言う。

「お前は私が見るべきだ」

「いやいやいや待ってください」

 未央が手を振る。

「話飛びすぎやろ!」

「飛んでいない」

「飛んどるわ!」

 怜が横で小さく言う。

「ちょっと飛んでると思う」

「だよな!?」

 未央が振り向く。

 マーラが後ろで笑っている。

「いいじゃん、行ってみれば?」

「軽っ!」

 未央が叫ぶ。

「いやでも相手中将やで!?」

「光栄なことだと思うけど」

 怜が言う。

「冷静やな!?」

 ブリギットは微動だにしない。

「決断は早い方がいい」

「いや今初めて聞いたんですけど!?」

「だから今決めろ」

「無茶言うな!」

 完全にドタバタになっている。

 その中で。

 ブリギットだけが静かだった。

 未央を見る。

 真っ直ぐに。

 その目は、はっきりと確信している。

「お前は変わる」

 静かな声。

「このままでは制御できない」

 未央の動きが止まる。

 一瞬だけ。

「だから私が見る」

「……」

 ほんの少しだけ、空気が変わる。

 だが。

「いや重っ!」

 未央がすぐに崩す。

「なんやその責任重大感!」

 マーラがくすっと笑う。

「いいじゃん、壁に預けてみなよ」

「言い方!」

 未央が振り返る。

 怜が少しだけ前に出る。

「未央が決めればいいと思う」

「丸投げやん」

「だって未央のことだから」

 真っ直ぐな言葉。

 未央は少しだけ目を逸らす。

「……うーん」

 頭をかく。

「急に言われてもなあ」

 ブリギットは待つ。

 急かさない。

 だが、退かない。

 その圧。

 未央がため息をつく。

「……考えさせて」

 それが精一杯だった。

「いいだろう」

 ブリギットは頷く。

「だが長くは待たない」

「プレッシャー!」

 未央が叫ぶ。

 周囲から小さく笑いが漏れる。

 空気が緩む。

 さっきまでの重さが、少しだけ軽くなる。

 ブリギットは踵を返す。

 去り際。

 一瞬だけ。

 マーラと視線が交差した。

 ほんの一瞬。

 だが。

 互いに、何かを理解している目だった。

 言葉はない。

 それで十分だった。

 ブリギットはそのまま去っていく。

 残された未央が、頭を抱える。

「……なんでこうなんねん」

 怜が少しだけ笑う。

「人気者だね」

「いらんわそんな人気」

 未央はため息をつく。

 だが。

 その顔は、少しだけ楽しそうでもあった。

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