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第105話 似ているもの

 面会室を出た後も、空気は重かった。


 未央と怜、そしてフィン・オドハーティ大佐とキアラン・ボイル中佐。四人の足音だけが、地下通路に響く。

 誰も口を開かない。

 あの男――バルドルの言葉が、まだその場に残っているようだった。

 やがて、地上へ続く階段の手前で未央が足を止めた。

「……なんやねん、あいつ」

 吐き出すような声。

「好き勝手言いやがって」

 キアランが振り返る。

「感情で切り捨てるな」

「分かっとるわ」

 未央はすぐに返す。

「せやけどな、ああいう言い方されたら腹立つやろ」

「事実かどうかが重要だ」

「それも分かっとる」

 間。

 未央が舌打ちする。

「……分かっとるから余計や」

 それ以上、言葉は続かなかった。

 怜は隣で黙ったまま立っている。

 何かを考えている。

 だが、それを言葉にできない。

 フィンが短く言う。

「ここまでだ」

「これ以降は各自解散」

 任務としての線引き。

 それだけ言って、キアランとともに別の通路へ向かう。

 残されたのは二人。

 未央と怜。

 しばらく沈黙が続く。

 先に口を開いたのは未央だった。

「……気にしとるんか」

 怜は少しだけ迷ってから頷く。

「ちょっとだけ」

「ちょっとか」

 未央は軽く笑う。

「もっと気にしてええで」

「え」

「私、めっちゃ気にしとるし」

 あっけらかんとした言い方。

 だが、嘘ではない。

「未央……」

「でもな」

 未央は軽く肩を回す。

「分からんもんはしゃあないやろ」

 前を向く。

「やることは一つや」

 いつもの言葉。

「強なるだけや」

 怜は、それを聞いて少しだけ息を抜いた。

 完全には納得していない。

 でも。

 それでもいいと思った。

 その時だった。


「……なるほどね」

 柔らかい声が割り込む。

 二人が同時に振り向く。

 マーラが壁にもたれかかるように立っていた。

 最初からそこにいたような自然さ。

「聞いてたん?」

 未央が言う。

「途中からね」

 マーラは軽く手を振る。

「全部じゃないよ」

 視線が、怜へ向く。

 ほんの一瞬。

 だが、その“見方”が違う。

 観察ではない。

 確認。

「……何?」

 怜が思わず聞く。

 マーラはすぐに笑った。

「なんでもない」

 軽い調子。

 だが。

「ちょっと似てるなって思っただけ」

 それだけ残す。

 未央が眉をひそめる。

「似てる?」

「うん」

 マーラはそれ以上説明しない。

 話を変えるように未央へ視線を移す。

「それより、こっちの方が分かりやすいね」

「何や」

「手、出して」

「またそれか」

 未央は文句を言いながらも手を出す。

 マーラが軽く触れる。

 ほんの数秒。

 それだけで離す。

「……うん」

「何やねん」

「思ったより軽い」

「軽い?」

「まだ“違和感”の範囲」

 未央はため息をつく。

「その言い方、ほんまやめてくれへん?」

「怖い?」

「ちょっとな」

「大丈夫だよ」

 マーラはあっさり言う。

「ちゃんと収まってる」

 その言葉に、怜が少しだけ安心する。

 未央も、完全ではないが肩の力を抜いた。

「ほな、問題なしやな」

「今はね」

「やっぱりそれ言うんやな」

 軽く笑いが戻る。

 さっきまでの重さが、少しだけ薄れる。

 マーラがふと視線を外す。

「……まあ、考えても仕方ないよ」

「動いてる方が楽でしょ」

「それはそうやな」

 未央が頷く。

「せっかくやし」

 軽く手を叩く。

「気分転換行こか」

「気分転換?」

 怜が聞く。

「せや」

 未央は笑う。

「飯や」



 昼下がり。


 王都の外れにある食堂。

 少し古びているが、味はいいと評判の店だった。

 中はほどよく賑わっている。

「ここ来たことある?」

 未央が聞く。

「ない」

「じゃあ当たりやで」

 適当に席に座る。

 注文を済ませ、しばらく待つ。

 何気ない時間。

 さっきまでの話が嘘みたいだった。

 料理が運ばれてくる。

 未央がフォークを取る。

 その瞬間。

 ほんの一瞬だけ、手が止まった。

「……?」

「どうしたの?」

 怜が聞く。

「いや」

 未央は首を振る。

「なんでもない」

 そのまま食べ始める。

 ただの間。

 ただの違和感。

 誰も深く気にしない。

 だが。

 ほんのわずかに。

 “先に動こうとした”ようにも見えた。

 怜はそれを見て、少しだけ目を細める。

 何かがある。

 でも、まだ言葉にならない。

 マーラはそれを見ていた。

 何も言わずに。

 ただ、静かに。



 店を出たあと。

 未央が伸びをする。

「まあ、こんなもんやろ」

「何が?」

「考えても分からんこと」

 未央は笑う。

「ほっとくんが一番や」

 怜も少しだけ笑う。

「……うん」

 完全には晴れない。

 でも。

 さっきよりは、軽い。

 そのまま三人は歩き出す。

 変わらない街。

 変わらない日常。

 けれど。

 ほんのわずかに。

 何かがズレ始めていた。

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