第104話 境界の見方
地下、面会室。
重い扉が閉じる。
中にいるのは四人。
怜。未央。フィン・オドハーティ大佐。キアラン・ボイル中佐。
そして。
椅子に拘束された男。
バルドル。
「……面白い組み合わせだな」
第一声がそれだった。
視線がゆっくりと巡る。
「少女が二人に、軍人が二人」
「均衡がいいようで、歪んでいる」
未央が椅子を引いて座る。
「自分の顔、鏡で見たことあるか?」
即座に返す。
バルドルが笑う。
「あるとも。気に入っている」
「そら結構やな」
軽く流す。
キアランが口を開く。
「雑談をしに来たわけじゃない」
「分かっている」
バルドルは頷く。
「だが、人間はまず無駄を挟むだろう?」
「その無駄で自分の優位を測る」
フィンが淡々と返す。
「測る必要がない状況だ」
「そうか?」
バルドルはわずかに目を細める。
「では、最初から本題に入ろう」
一拍。
視線が止まる。
未央に。
「……なるほど」
小さく呟く。
それだけで、空気が変わる。
「何や」
未央が睨む。
「いや」
バルドルは肩をすくめる。
「確認が取れただけだ」
「何のや」
「後で説明する」
キアランが机を叩く。
「今説明しろ」
「順序というものがある」
バルドルは穏やかに言う。
「お前たちが聞きたいのは、それではないはずだ」
フィンが一歩前に出る。
「境界適応についてだ」
バルドルがわずかに笑う。
「……そこまで来たか」
「答えろ」
キアランの声は鋭い。
バルドルは少し考えるふりをしてから言う。
「断る、と言ったら?」
「カーヴィー伍長を呼ぶ」
即答。
間。
ほんの一瞬。
バルドルが息を吐く。
「……あれは面倒だな」
「なら答えろ」
「いいだろう」
あっさりと頷く。
「借りがある」
未央が眉を上げる。
「借り?」
「カーヴィー伍長の件だ」
バルドルは視線を細める。
「あの場で、お前たちは“合理ではない選択”をした」
「結果として、私はここにいる」
「それが?」
「嫌いではない」
短く。
「共闘したよしみ、というやつだ」
未央が鼻で笑う。
「都合ええな」
「生きるとはそういうことだ」
即答。
そして。
「さて」
姿勢をわずかに正す。
「境界適応だったな」
空気が締まる。
「境界とは何か」
バルドルはゆっくり言う。
「お前たちは“境”と呼ぶが」
「実際は“濃度差”だ」
「魔力の」
キアランが頷く。
「続けろ」
「本来、生物は異なる環境に適応できない」
「だが、境界は違う」
一拍。
「侵食する」
未央が目を細める。
「侵食?」
「混ざる、でもいい」
バルドルは言い換える。
「外が内に、内が外に」
「ゆっくりと崩れていく」
怜が小さく息を呑む。
「その結果」
バルドルが続ける。
「多くは壊れる」
「歪体やな」
未央が言う。
「そうだ」
頷く。
「維持できなかったもの」
フィンが言う。
「維持できたものが住人」
「そして」
バルドルはわずかに笑う。
「役割を与えられたものが、執行者」
キアランが鋭く問う。
「では、適応とは」
バルドルは未央を見る。
まっすぐに。
「壊れずに混ざることだ」
沈黙。
「人間のまま、境界に触れる」
「それができる個体は少ない」
未央が腕を組む。
「それが私やって?」
「違う」
即答。
「“なりかけている”」
はっきり言い切る。
空気が重く落ちる。
怜が口を開く。
「……止められるの?」
バルドルは少し考える。
「止めること自体は可能だ」
「じゃあ――」
「だが」
遮る。
「意味はない」
怜が固まる。
「どうして」
「流れだからだ」
バルドルは言う。
「適応は選択ではない」
「流れに乗るか、崩れるか」
静かな言葉。
「中途半端に止めれば、歪む」
「一番質が悪い形でな」
キアランが言う。
「進めば戻れない」
「そうだ」
バルドルは頷く。
未央が小さく笑う。
「分かりやすいな」
軽く。
だが目は笑っていない。
その時。
「……妙だな」
バルドルが呟いた。
視線が動く。
未央から外れる。
怜へ。
止まる。
「何や」
未央が言う。
バルドルは答えない。
ただ、見ている。
観察するように。
「……そういうことか」
小さく息を吐く。
キアランが詰める。
「何だ」
バルドルが笑う。
「面白いな」
「何がだ」
「一番異常なものが」
視線は怜のまま。
「些末な変化に怯えている」
空気が凍る。
「……何を言っている」
フィンの声が低くなる。
バルドルは淡々と言う。
「気づいていないのか?」
指を動かす。
拘束されたまま。
それでも。
はっきりと。
怜を示す。
「そちらの娘だ」
「一番異常で、異質なのは」
沈黙。
怜が、かすかに声を出す。
「……私が?」
「そうだ」
即答。
「そこの娘の変化は“揺らぎ”に過ぎない」
「だが、お前は違う」
断定。
「最初から、境界に触れている」
未央が思わず振り向く。
「……は?」
怜は言葉を失う。
否定も、肯定もできない。
バルドルは満足そうに目を細める。
「実にいい」
「壊れかけと、最初から壊れているもの」
そして、静かに付け加える。
「どちらも完成形に近い」
その言葉が、ゆっくりと沈んだ。




