第97話 怪しい求人
天王寺未央は、机に広げられた紙束を睨んでいた。
アーケイン・レジストリ。
任務斡旋の伝票。
報酬。
難易度。
推奨ランク。
整っている。
整いすぎている。
「……あかん」
どれも無難。
どれも安全寄り。
どれも――足りない。
(これやと、追いつかれへん)
脳裏に焼き付いている。
アーウィン中将の雷。
未央は息を吐く。
「テレサ」
「はい」
「何か、ええ求人ない?」
「少々お待ちください」
……。
……。
机を指で叩く。
(遅い)
(これやから、お役所は)
少しだけ、怜の顔が浮かぶ。
その時。
「天王寺さま。お待たせいたしました」
「遅いで」
差し出された伝票。
目を通す。
「……は?」
■ 未分類領域 調査任務
■ 推奨ランク:C〜B
■ 備考:観測不安定/帰還例あり
「……怪しすぎひん?」
未央は即座に言った。
未分類。
未登録。
観測不安定。
嫌な単語、詰め合わせや。
「これ、何なん?」
「境界付近に発生した異常領域と推測されます」
「推測て……」
「現時点では確定情報が不足しております」
「それでよう出してきたな、これ」
「天王寺さまの現在能力および成長効率を考慮した結果です」
「成長効率て……」
未央は軽く額を押さえた。
「普通に危ないやつやろ、これ」
「はい」
「はい、やあらへんねん」
間髪入れずに突っ込む。
「……でも」
未央はもう一度、伝票を見る。
未分類領域。
境界付近。
(ヴェイル絡みやろな、これ)
危険なのは間違いない。
けど。
だからこそ。
「帰還例あり、か……」
ゼロやない。
やり切ったやつがおる。
(C〜B推奨……今の私で、ギリ届くライン)
レジストリの数値が頭をよぎる。
オールC。
半端。
でも、足りてへんのも分かってる。
あの雷。
アーウィン中将の一撃。
あれを見てもうてから――
「……安全な仕事ばっか選んでる場合ちゃうよな」
ぽつりと呟く。
「テレサ」
「はい」
「これ、単独やないよな?」
「いいえ。最大四名までの編成が推奨されております」
「四人か」
未央は小さく頷く。
顔が、少しだけ上がる。
「……ええやん」
もう迷いはなかった。
「これ、受ける」
「承知しました。仮登録を行います」
伝票に印が押される。
乾いた音。
「任務登録が完了いたしました」
未央は息を吐く。
「よっしゃ」
立ち上がる。
口元が、わずかに上がっていた。
「おもろなってきたやん」
危険。
未知。
不確定。
全部込みで。
「……これぐらいやないと、追いつかれへんしな」
誰とは言わへん。
でも、はっきりしてる。
未央は伝票を手に取る。
「さて」
軽く肩を回す。
「メンバー、集めなあかんな」
その目は、もう次を見ていた。
訓練場。
扉の前。
ノック。
「入るで!」
開ける。
「……ノックの意味ある?」
「あるやろ、一応」
いつもの三人。
未央は伝票を置く。
「これ、行くで」
怜が見る。
「……危ない」
「やろな」
吾郎が言う。
「未分類って時点で嫌な予感しかしない」
彰。
「境界付近。ヴェイル絡みの可能性が高い」
「当たりや」
「当たりって言い方やめろ」
未央。
「やる」
即答。
怜。
「……行く」
吾郎。
「まあ、行くしかないな」
彰。
「問題ない」
「よし、四人揃ったな」
その時。
「――その任務、まだ承認されていないはずだ」
振り返る。
フィン・オドハーティ大佐。
空気が締まる。
「それ、あんたのか」
「そうだ」
フィンは頷く。
「未分類領域の調査。俺が上げた」
未央。
「ほな、なんで流したん」
「見るためだ」
「何を」
「手を出す人間を」
沈黙。
そして。
吾郎が言う。
「……軍の若手出せばいいんじゃないですか」
空気が、変わる。
フィンは即答した。
「出した」
短い。
「三度」
重い。
「……結果は」
「半数帰還」
誰も動かない。
「残りは未帰還」
さらに静かになる。
「得られた情報は断片的。再現性なし」
淡々とした声。
「……それで、また出せると思うか?」
吾郎は何も言えない。
怜も、目を伏せる。
フィンは続ける。
「加えて、今は戦力を減らせない」
「境界の動きが活発化している」
「正面戦力を削る余裕はない」
そして。
「要は――」
一拍。
「出せば、死ぬ」
はっきりと言った。
未央は、その言葉を受け止めて。
笑った。
「せやろな」
軽く。
でも、逃げない。
「だから行くんや」
フィンの目が、わずかに細まる。
「……理由は」
「強くなるためや」
即答。
空気が変わる。
「ほな、合格やな」
「まだだ」
フィン。
「ここから先で判断する」
そして。
「編成は四人」
「お前たちで行け」
未央。
「ほな、あんたは」
「同行する」
全員が止まる。
「監督としてだ」
吾郎。
「……マジで?」
怜。
「そんなの……ありなんですか」
「今回は例外だ」
彰。
「それだけ危険ということか」
「そうだ」
未央は笑う。
「ええやん」
「守らんぞ」
「知っとる」
「それでええ」
フィンは小さく息を吐く。
「……いいだろう」
「任務開始は明日だ」
未央は伝票を握る。
「行くで」
その声には、迷いがなかった。




