第96話 上層会議
王都・軍議室。
重厚な扉の内側。 長机を囲むように、王国陸軍の中枢が集っていた。
第1師団長。
ブリギット・アーウィン。
第2師団長。
ジョニー・カスパー少将。
第3師団長。
エリオット・メイ中将。
王都守備隊長。
リチャード・ハーヴェイ。
第4師団――研究部隊。
フィンタン・マク・ダーナ准将。
そして。
王国陸軍の頂点。
大将。
アルフレッド・ストラトフォード。
全員が着席している。
空気は、静かに張り詰めていた。
「――以上が、バルドルから引き出した情報です」
フィンタンの報告が終わる。
室内に、短い沈黙が落ちた。
誰もすぐには口を開かない。
その沈黙を破ったのは、第2師団長ジョニーだった。
「……随分と都合のいい話だな」
椅子に深くもたれ、腕を組む。
「魔力を抑えて封印を抜ける? そんなことが本当に可能なのか」
「理屈としては成立します」
即座にフィンタンが返す。
「封印は“閾値以上の魔力反応”を弾く構造です。であれば、その閾値を下回れば通過できる」
「言うのは簡単だ」
「実現しているから問題になっているのです」
淡々とした返答。
ジョニーは舌打ちこそしなかったが、表情は明らかに不満だった。
「……数が増えている、という点が厄介だな」
第3師団長エリオット・メイが口を開く。
低く、落ち着いた声。
「個体の問題ではなく、体系化された技術である可能性が高い」
「その通りです」
フィンタンが頷く。
「個別の突破ではなく、“通過手段の確立”と見るべきでしょう」
空気が一段、重くなる。
王都守備隊長リチャードが、静かに口を開いた。
「……つまり、今後さらに増えると」
「はい」
フィンタンは迷わず答えた。
「対策がなければ、確実に」
短い言葉。
だが、重い。
その時。
「封印そのものを除去する研究、か」
ブリギット・アーウィンが呟いた。
指先で机を軽く叩く。
「そちらが本命だろうな」
「同意します」
フィンタンが答える。
「魔力偽装はあくまで対処療法。封印の無効化が進めば、状況は一変します」
「時間の問題、ということか」
リチャードが低く言う。
「ええ」
フィンタンは短く肯定した。
その時。
大将アルフレッド・ストラトフォードが、初めて口を開いた。
「……対策は」
一言。
だが、全員の視線がフィンタンに集まる。
「現在、検証を進めています」
フィンタンは資料を一枚、机に置いた。
「境界の切れ目は、我々が魔道具を設置した地下施設には出現しませんでした」
「……何だと?」
ジョニーが眉をひそめる。
「つまり、狙われていないのか?」
「いえ」
フィンタンは首を振る。
「“出現条件が限定されている”可能性があります」
「条件?」
「地上。あるいは、人間の活動圏に近い領域」
簡潔な説明。
「そのため現在、市街地に魔道具を設置し、境界の出現そのものを阻止できるか実証中です」
ざわり、と空気が揺れた。
「市街地だと?」
リチャードの声が低くなる。
「住民の安全はどうする」
「影響は最小限に抑えています」
フィンタンは即答する。
「ただし、完全な安全は保証できません」
「……当然だな」
リチャードは小さく息を吐いた。
ブリギットが口を開く。
「出現を“防ぐ”のではなく、“固定する”ことはできないのか」
「検討しています」
フィンタンは頷く。
「発生地点を限定できれば、防衛線を構築できます」
「できなければ?」
ジョニーが挟む。
「市街地にランダム発生か」
「その可能性が高いです」
室内の空気が、さらに重く沈む。
王都そのものが戦場になる未来。
誰もが、それを想像していた。
しばらくの沈黙。
そのあとで。
「……バルドルの証言、どこまで信用する」
エリオットが問う。
フィンタンはわずかに間を置いてから答えた。
「“事実として整合性は高い”」
「信用ではなく、評価か」
「はい」
感情を排した言葉。
「彼は嘘をつく必要がない。少なくとも現時点では」
「理由は」
ジョニーが問う。
「余裕です」
フィンタンは即答した。
「そして、興味」
わずかに視線を落とす。
「人間に対して、まだ本格的な敵意を持っていない」
「……不気味だな」
リチャードが呟く。
その時。
「リディア・カーヴィーには協力すると言っていたな」
ブリギットが言った。
「はい」
「理由は“気に入った”か」
小さく、鼻で笑う。
「随分と軽い」
「しかし、事実です」
フィンタンは否定しない。
「それと、灰都イザリスでの戦闘を評価していました」
ブリギットの視線が、わずかに鋭くなる。
「……あの時の少女か」
「はい」
それ以上は語らない。
だが、誰のことかは共有されていた。
再び、沈黙。
その中で。
大将ストラトフォードが、静かに言う。
「時間はない」
短い言葉。
だが、全てを含んでいた。
「封印対策を最優先とする」
「市街地での実証を継続」
「同時に、防衛線の再構築を検討しろ」
視線が一人ずつを貫く。
「最悪を前提に動け」
命令だった。
誰も反論しない。
できない。
「――以上だ」
会議は、終わった。
だが。
状況は、何一つ終わっていない。
むしろ。
ここからが、本番だった。




