第七話
第八にやる気が戻って数日後。今度は第二の主催で、交流会が開かれた。
屋内の会場に通されると、そこは絢爛な調度品、装飾品、美術品が品良く配置された、美の空間だった。
「皆様、ようこそ。今日の為にわたくしの収集品や、新たに手に入れたものをたくさん飾り付けてみましたの。お気に召したら幸いですわ。ご一緒に美を見つける目を養いましょう。」
第二はいつもの社交的な笑みではなく、うきうきと楽しそうに笑っている。
「すごい……わあ、あの壁に掛かっている布、見たことがないほど美しいです!」
さっそくはしゃいだ声を上げるのは、やはりというか第八だった。他は、品良く感嘆のため息をつく者、汚したり壊したりしたら嫌だなと落ち着かない者という反応に分かれた。
「ありがとう、バー。模様が繊細で、華やかでしょう? お茶の用意が整うまで、皆様ご自由に見て回ってくださいな。」
そう声をかけられて、ある者は嬉しそうに展示物の間を歩き回り、またある者はおっかなびっくり歩を進める。
「……あっ、碁盤!? 碁笥も……すごい、豪華……!」
馴染みの物があるのに気付いて、おっかなびっくりしていた第四も歓声を上げる。
「石もご覧あそばして?」
くすくす笑いながら、第二が碁笥の蓋を取る。
「わあ……碁石のひとつひとつに細工が……これは、金で模様を描いているのですか?」
第四は目を丸くし、誤って手を触れないように袖の中に手を隠す。
「気に入っていただけたかしら? もしお望みなら、この一式、スーに差し上げますわ。」
それを聞いた第四は飛び上がらんばかりに震え、頭を横に振る。
「とんでもないことでございます。こ、こんな美しい品で興じる勇気はございません。それに、と、とても価値のあるお品でしょう? アル姉様の元にあるのが、一番と存じます。」
第四の様子に苦笑し、第二が碁笥に蓋をする。
「そんなに恐縮しなくてもよろしいのに……無理に押し付けるつもりはないから、安心なさって。」
第二の様子を見て、第四がほっと肩の力を抜く。
「それにしても、アル。これだけの物を集めるとなると、かかりもそれなりになったのではなくて?」
第一が少し困ったように微笑む。美術品・芸術品の類いは費用が掛かる。それを心配したのだ。
「ご心配おかけしております、イー姉様。わたくしに割り振られている予算内で納めておりますので、大丈夫ですわ。」
第二はそう言って、しかし次の瞬間には顔を曇らせる。
「わたくし、少しでも美しい物が広く伝わるように、職人たちを支援したいと考えておりますの。そう申しますのも、職人たちが後継に悩んでいると聞いたからですわ。」
その言葉に、シャオジェたちは第二に注目した。
「職人自体が数を減らし始め、これと言った後継者が現れない……由々しきことですわ。この国の文化を支える者たちが、冷遇されて良いはずありませんもの。当たり前にあったはずの物が消えていくなんて、わたくしには耐えられません。」
「アル姉様……ですが、今、外国のものが色々入ってきていて、若者はそれに夢中だと聞き及んでおりますよ。わたくしたちの好物のアップルパイだって、外国の物ではありませんか。」
第五が恐る恐る進言すると、第二も頷く。
「ええ、外国の文化を否定する気はございません。ただ、この国のものだって劣っているわけではないのですから、なくならないように支援が必要だと思ったのです。イー姉様だって、アップルパイをこの国でももっと作りやすいように、改良なさろうとしているでしょう?」
第五だけでなく、他のシャオジェたちもその言葉に頷く。
「アルの言いたいことはわかりました。その活動は、大人たちの間では、文化振興と呼ばれているようですよ。アルは、そういう活動がしたいのですね。」
「文化振興……ええ、イー姉様。わたくし、そういった方面のお手伝いをしたいですわ。」
第一が納得したようにまとめれば、アルが嬉しそうに顔をほころばせる。
「アルは今九歳よね。成人まであと七年……その間に研鑽を積むとして、買う以外に支援できそうなことはないかしら?」
「今はまだ、難しいと存じます……できれば工房を訪ねたり、話を聞いたりして、実情を見てみたいのですけれど……」
シャオジェは成人まで後宮から出られない決まりだ。
どうしようもないかと諦観する空気が流れだした時、第八がそっと手を挙げた。
「あの、アル姉様が直接行けないのなら、信用できる者にお願いすることはできませんか?」
「信用できる……?」
「はい。皇帝陛下もほとんど城で政務をしていて、行幸されることなど無いと聞きました。それならどうして政務に必要なことを知れるのかなと思ったのですが、優秀な官吏たちが情報を上げたり、調べてきたりするのだそうです。ですから、アル姉様も陛下の真似をして、誰かを使わせたらいかがでしょう?」
シャオジェたちはきょとんとしていたが、第二がいち早く気を取り直した。
「いい考えだと思うけど……わたくしがここで何か考えたり、情報を集めたりしても、伝えたり指示する方法がないわ。」
第二の言葉を聞いて、第八は目を瞬かせる。
「え? イー姉様を通して、陛下に上奏するのでは駄目なのですか?」
いきなり話題に引っ張って来られた第一が驚いた顔をする。
「わたくし……ですか?」
「はい。イー姉様は、特別に陛下から直接ご指導を賜っていると耳にしました。その時に、アル姉様がまとめた意見……書状?などを見ていただくことは出来ないのでしょうか。」
第一と第二は、困ったように顔を見合わせた。
「子どもの意見など、取り合えってもらえるのでしょうか……」
「アル姉様、何事もやってみなければわかりません。叱られたり、取り合ってもらえなかったりしたら、また別の方法を考えればよいでしょう?」
そこまで言われると、第二の顔にも少し期待が浮かんだが、第一を気にした。
「……陛下とイー姉様の、お邪魔になりませんか……?」
第一はにこっと微笑み、第二の手を取る。
「やってごらんなさい。バーの言う通り、やってみなければわかりません。叱られる時は一緒ですよ?」
少し茶目っ気を見せながら言う第一に、第二は肩の力を抜いた。
「はいっ!」
やる気を出した第二を微笑んで見つめながら、第一の思考は高速回転していた。
第八の提案は、もう少し考えれば自然と自分からでも出てきていたはずだ。
それを、六つも年下のシャオジェが、当たり前の顔をして、進言した。
自分は、立場や先入観に縛られて、柔軟な発想が出来なくなっていたのだろうか?
不安と無力感が、第一を襲う。
「イー姉様?」
そこへ、第八が声をかけてきた。不安そうな顔だ。
「なんですか、バー?」
いつも通り優しく笑いかけると、第八は困ったように俯いた。
「イー姉様、元気がないようにお見受けしたので……そんなに、わたくしの案は拙かったでしょうか?」
第一は驚いた。元気がない素振りなど、見せたつもりはないのに。
「そんなことはありませんよ、素晴らしい案だと思います。わたくしに元気がないように見えたのなら、叱られた時のことを思ってしまったのがいけなかったのでしょう。バーのせいではありませんよ。」
殊更注意して柔らかい話し方をすると、バーは少し安心したように顔を上げる。
「イー姉様、バー、お茶が入ったそうですよ。」
そこに第六が声をかけてきた。
第六の母、皇帝の第一妃は悋気が強い女性だ。第二妃や第三妃に冷たく当たっているという。
その環境のせいか、第六は誰かが対立しそうな気配を察すると、いち早く間に入ろうとする。
「わかりました。さあ、バー、参りましょう。」
気を取り直し、美しい室内に目を向ける第一。自然と心も落ち着いてきた。
「はい、イー姉様! リォウ姉様も!」
第六と並ぶようにして、第一について行く第八。
後ろの二人の気配を感じながら、第一は発想を変えることにした。
第八が自分より柔軟な発想が出来るというのなら、それを取り入れればいいだけだ。
現状とのすり合わせなら、きっと自分の方が向いている。
無駄に対抗心を持つより、第八の得意を取り込んだ方がいい。
そう考えることで、第一の気分は落ち着いてきた。
第一を始めとして、全員が席に着くと、皆でゆっくり茶を楽しむ。
興味の惹かれる美しい物について語り合ったり、第二の上奏書について意見を交換しているうちに、その日の交流会は過ぎていった。




