第十四話
ユファたちの到着から約二週間後、徐々に離宮に皇族へ嫁いだ女、妃たちが集まり始めた。
移動の後すぐはごたごたしていたので、妃たちが落ち着く頃合いを見計らい、ユファは茶会の招待状を出した。彼女たちに離宮滞在を楽しんでもらおうと、張り切って用意した茶会だ。
だが蓋を開けてみれば、四人中一人が欠席。参加した妃たちも、二人は気分が悪そうだ。
「どうしたことかしら。皆様、お顔の色が優れないのではなくて?」
心配になったユファが声をかけるが、皆、言い難そうに互いの顔を見合わせる。
唯一元気そうだった、朗らかな笑みを見せていた妃が口を開いた。
「わたくしは悪阻が軽くて済んでいるのですが、皆様そうではないご様子ですから。お気の毒ですわ。」
その言葉を聞いて、ユファはぱちぱちと瞬きをする。
「悪阻、ですか? 皆様揃って……?」
ユファが視線を巡らせると、各々少し照れくさそうな、気恥ずかしそうな表情を見せる。
その様子を見て、ユファは軽く息を呑んだ。
「まあ、何という慶事でしょう! でも、酷いわ。皆様が悪阻でお辛い時に移動させるなんて……」
喜んだり拗ねたりと、感情豊かなユファに、妃たちはコロコロと笑い声を立てる。
それから少し、先輩妊婦として彼女たちの相談に乗ったり、他愛のない話をしたりして穏やかに過ごすと、ユファは早めに彼女たちを部屋に帰した。
その後すぐ、ジーレンを呼ぶ。
「離宮に来た妃たちが皆、懐妊しているなんて、何だか不自然な気がするの。都で何かあったのかしら……ディロン兄様の一の妃はいらしていないけれど、彼女もご懐妊されているのかしら?」
わたくしの考えすぎなら良いのだけれど、と不安そうにするユファの肩を、安心させるようにジーレンが叩く。
「この件は私が調べておきますから、ユファ様はどうか安心してお過ごしください。あまり気を揺らすと、お腹の子に障りますよ。」
ジーレンに受け止めてもらえたことで、少し落ち着いたユファは、大きくなってきた腹を優しく撫でる。
「そうね。まずはこの子が安心して出てこられるように、わたくしがしっかりしなくては。」
優しい笑みを浮かべるユファは、夢見る少女の可憐さを脱し、慈愛に満ちた表情をしていた。
その様子を見てジーレンは、このまま何事もなく、心静かに過ごせることを願った。ユファの心配が、杞憂であって欲しい、と。
次の日から、ユファは甲斐甲斐しく妃たちの面倒を見た。
まずは差し入れから。母子の健康にはまず食べ物からと、滋養の付く物を用意させた。妃たちの好みを調べることも忘れない。
妃たちの悪阻が落ち着いてくると、今度は籠り切りにならないように、散歩に誘った。散歩に出られない体調の時は、部屋を訪ねて、気晴らしにおしゃべりをする。
ユファ自身、お腹が重くなってきて少し大変ではあったけれど、こうした活動はいい気分転換になっていた。
ジーレンや侍女頭には、「少し落ち着いてください」と怒られたが。
気遣いの成果か、どの妃の子たちも、順調に成長しているようだった。
医師と助産師による検診では、いつもユファも妃たちも問題なしだ。
そんな日々を送っていた、早春月中旬のある日。
産気づいたユファは、元気な男の子を出産した。
この子が第一シャオジェとなる。
「おめでとうございます、ユファ様。……そして、ありがとうございます。」
産屋の外で待機させられていたジーレンは、招かれて子どもの顔を見ると、泣きそうな顔で笑った。感極まったせいで、祝辞を述べる声が震える。
「ありがとう存じます、ジーレン。抱いてあげて?」
疲れ切って寝台に横たわったままのユファは、それでもまばゆい笑顔をジーレンに向ける。
ユファの言葉に、助産師が子どもをジーレンに預ける。
ジーレンは、ふにゃふにゃの新生児に戸惑いながらも嬉しそうに腕の中に収めた。
その光景を見て、ユファは幸せに包まれていた。
その時が、幸せの絶頂だったのではないかと思う。
都に、無事出産した旨の手紙を送ったが、返事が来ない。
不安を感じながらも、生まれて間もない子どもを迎えた生活は大忙しで、不満に思う暇もなかった。
それから約三ヶ月、妃たちの産み月が近づいて来た頃、やっと使者が来た。
しかし、祝いの品を持って来るでもなく、ジーレン宛に『急ぎ参内せよ』との命令書を携えて来ただけだった。しかも手紙を渡しただけで、すぐ帰ってしまった。
ジーレンとユファは、顔を見合わせる。
「いくら何でも、ここまで不自然が重なると、都に何かあったとしか思えないわ。ジーレン、わたくしも連れて行って?」
「……一度、私が様子を見て参りますので、ユファ様はこちらでお待ちください。」
「嫌よ! わたくしだって無関係ではないわ。微力ながら、何か……」
「二人とも行って、二人とも戻って来られなくなった場合、シャオジェはどうなります? 妃たちを、これからさらに生まれてくるシャオジェ様方を、誰が面倒を見るのですか。」
子どもや妃たちの話を出されてしまうと、ユファは黙るしかなかった。
都の状況を把握するのと同じくらい、それは重大な事なのだから。
悔しそうなユファを宥めるように、ジーレンが寄り添う。
「ご安心ください、何が起きていようとも、そう簡単に負けはしません。あなた方を残して、どこへ行こうというのです?」
最悪の想定を口にしたのと同じ口で、自分を安心させようと優しいことを言うジーレンに、ユファは切なくなった。
万一の考えをしまい込み、精一杯笑みを見せる。
「わかりました。どうぞお気を付けて。」
力強く頷いたジーレンはそのままユファの前を辞し、翌日の早朝、離宮を発った。




