第十三話
悪阻も落ち着いてきた頃、ジーレンはユファへひとつの命令を携えてきた。
「離宮へ……?」
「ええ。都に居ると、どうしてもユファ様は公務のことを考えがちだから、気分を変えるためにも離宮で過ごした方が良いと……皇帝陛下、並びにご兄弟皆様の総意です。」
それは、ユファの離宮への移動令だった。
示された離宮は、美しく整えられていることで有名な場所、皇室の方々がお成りになる場所として人気がある。
「皆様、心配し過ぎではないかしら? お出掛けは嬉しいけれど……そろそろ収穫期で、どこも忙しいでしょう?」
「私も些か急だとは思いますが……それだけ、ユファ様と御子を大事に思っておいでなのでしょう。」
ジーレンも今ひとつ納得していないのだろうが、皇族の決定なのだから仕方がないと言いたげに肩を竦める。
それを見て、ユファも仕方がないと軽く手を振る。
「では、さっそく準備をしなければね。移動の手配はわたくしに任せてちょうだい、ジーレンは仕事があるでしょう?」
「それが……今回の移動には、私もついて行くように、と。仕事も外されて、すでに後任が決まっております。」
ジーレンの答えに、不思議そうにユファが眉根を寄せる。
「まあ……兄様たちは、そんなに長い間、わたくしを離宮に押し込めておきたいのかしら?」
一人でなくジーレンもとなると、一週間や二週間程度の滞在ではないと考えた方が良い。仕事も外されたとなると、季節単位でジーレンがいない想定かもしれない。
そんなに自分が煩かったか、もしくは、何か自分がいては不都合なことが……と考えた時、ジーレンが困ったように首を傾げた。
「ユファ様はお嫌ですか? 都会の喧騒から離れ、胎教にも出産にも良い場所だと存じますが。」
「嫌ではないわ。そう……そうね。」
確かに、田舎で空気は綺麗だし、食べ物も良いものが揃うと聞いていて、絶好の場所なのだ。まだ都から出た事がないユファは、伝え聞く話しか知らないが。
「仕方がないわ。兄様たちのご厚意に甘えて、羽根を伸ばして来ましょうか。」
穿って考えても仕方がない。兄姉が必要だと感じたからこその処置だろう、ここは素直に甘えさせてもらおう。ユファはそう考えて、気分を切り替えることにした。
そうしたら、初めての遠出という事も有り、楽しい気分で支度が出来た。
三日で身の回りの物を整え、皆に出立の挨拶をし、離宮に移動する。四家から選ばれた従者達が、神術で工夫してなるべく車を揺らさないように護送してくれた。朝出立して、昼休憩を挟み、日が暮れる前には到着する。
準備を始める前に、離宮は十分に整えておくと言われていたが、いつから手入れがされていたのか、調度も雰囲気もユファ好みになっていた。
庭は愛でる花も多く、池や小川も広大で、後宮の『四季の庭』に引けを取らない美しさだ。
侍女たちが荷解きをする中、ユファは美しい庭を堪能したくて、東屋に一席設けてもらった。
日は落ちてしまったが、灯篭に火を入れてもらったので、これはこれで幻想的な光景だ。
妊婦にオススメの薬草茶と、新鮮な果物を用意してもらい、柔らかな風に吹かれながら新鮮な空気を思い切り吸い込む。
「ユファ様、あまり風に当たると、お体が冷えますわ。」
侍女が慌てて披肩を掛けてくれる。普段だったら「大げさよ」と苦笑するところだが、今日は何だかくすぐったく感じるから不思議だ。
機嫌良く過ごしていると、向こうからジーレンがやってきた。
「ユファ様、お部屋が整いましたが……何やら楽しそうですね?」
果物を摘まんでいたユファは、むぐむぐと口の中の物を飲み込んで、笑顔で返事をする。
「場所が変わったせいかしら? 何だかとっても気分が良いの。やっぱり、父上や兄様方の言う事を聞いてよかった。」
「それはよろしゅうございました。」
「ジーレンも、少しゆっくりして行かない? 今日もずっと監督役を頑張っていたもの。」
「……では、少しだけ。」
あまり長居しては体が冷えるのではと、ジーレンは心配していたが、ここ最近で一番楽しそうなユファを見てしまうと否とも言えない。
同じ茶を用意してもらい、席に着く。少し落ち着いて周囲を見れば、都の喧騒から離れた穏やかさを感じる。
「頃合いを見て、他の妃たちが遊びに来てくれるそうです。退屈することはなさそうですね。」
「そうなの? じゃあ皆様がいらっしゃる前に、ジーレンにたくさん甘えておこうかしら。」
照れたジーレンが、わざとらしく咳払いをする。
ユファは幸せを感じながら、クスクス笑うのだった。




