第十二話
ジーレンとユファとの結婚は、とんとん拍子に話が進んだ。
早夏月には婚儀を終え、ジーレンはユファの婿として皇室入りした。
ジーレンは祝福と同時にやっかみも受けたが、二人の仲の良さは評判になる程で、次第に悪く言う者も減っていった。
中夏月も終わりに近づき、もうすぐ晩夏月に入ろうという頃。
「……ユファ様、お顔の色が優れませんが……」
長く仕えてくれている侍女頭が、心配そうにユファの様子を伺う。
ユファは、少しの眩暈と吐き気を堪えつつ、微笑みを浮かべる。
「このところ、少し調子が悪かったけれど……疲れが出てきたのかしら?」
何でもない事のように、軽い調子で言うユファだが、侍女頭は血相を変えた。
「すぐに侍医を呼びます。」
「大げさよ、少し休めば良くなるわ。」
「いけません。御身に何かあれば、皆々様に顔向けが出来ません。よろしいですか、ユファ様。侍医が参るまで、決して動き回ってはなりませんよ。」
体調の変化を軽く見ているユファに対し、侍女頭は頑として譲らなかった。
侍医を呼びに使いを出すと、少しの変化も見逃すまいとするようにユファに張り付いて、世話を焼いた。
ユファは、そんな大したことないのにと苦笑しつつ、これ以上周囲に迷惑をかけるわけにもいかないので、大人しくしていた。
「おめでとうございます。ご懐妊ですよ。」
やってきた侍医の診察を受けて、告げられた言葉に、一瞬部屋がしんっと静まり返った。
「……え?」
何を言われたかわからない、と言う顔で首を傾げるユファを見て、ざわめき出したのは侍女たちの方だった。
「これ、誤診ではないでしょうね? 確かなのですね?」
侍女頭が侍医に迫り、再度確認する。
「は、はい。それはもう、皆様もご覧になっていました通り、慎重に診させていただきました。」
確かに、いつもより丁寧に診察されていたように思う。
だが、ユファはなかなか診断が呑み込めなかった。まだ膨らみも何もない腹に、そっと触れる。
「子ども……? わたくしと、ジーレンの……」
呟くと、じわじわと喜びが膨れ上がってくる。
ユファの呟きを聞いた侍女たちが、ザッと跪いて祝辞を述べる。
「ユファ様、おめでとう存じます。」
「……ありがとう。」
皆に祝われて、ユファは大輪の花が咲くような笑みを浮かべる。
「早速、陛下に使いを……ああ、ジーレン様にもお知らせしなければ。」
「あ、それなのだけれど、皆、ジーレンには黙っていて? 今夜帰ってきたら、わたくしから報告したいの。」
方々への連絡をしようと動き始めた侍女たちに、慌ててユファはお願いをする。
照れたような幸せそうな笑みを浮かべるユファを見て、侍女たちは優しい笑みを交わし合った。
「まあ、ユファ様ったら。きっとジーレン様もお喜びになられます。」
その日の夕方、ジーレンは『何故か周りに急かされた』と言って帰ってきた。
「外廷でもそうでしたが、この宮の者たちも、何となく浮足立っておりませんか?」
不思議そうに首を傾げるジーレンには、確かにまだ情報が伝わっていないようだ。
ユファが思い切って懐妊のことを伝えると、ジーレンは理解するまで動きを止めた後、腰を抜かしてしまった。
「ジーレン! だいじょう……」
「そのまま! どうかユファ様はそのまま……!」
慌てて傍に寄ろうとしたユファを止め、ジーレンはその場に蹲った。
もしかして迷惑だったかなと、ユファが俯きかけた時、ジーレンの呟きが耳に入ってきた。
「……どうしよう……めちゃくちゃ嬉しい……」
言葉が乱れるほど感情が高ぶっているのを感じ取り、ユファはほっとするやら、胸が温かくなる心地やら。
「とにかくユファ様は安静に……ああ、動かな過ぎてもいけないのでしたか? 参りました、こういった知識には疎く……」
おろおろしながらもユファのことを気遣うジーレンが、愛おしい。
「大丈夫よ。ちゃんと医師や侍女たちの言う事を聞いて過ごします。それよりお祝いしましょう? 今、あまり豪華な料理は体が受け付けないかもしれないけど、皆がご馳走を用意してくれたの。」
侍女に手伝ってもらって立ち上がるジーレンを、夕食の卓に案内する。
その日は宮に勤める者たちにも酒が振舞われ、ユファの周りはお祝いムード一色だった。
一方、皇帝陛下の執務室では。
「……その後の動きはどうか。」
「手は尽くしていますが、小さな農村となると情報伝達が遅く……既に蔓延してしまっているところも……」
ディロンが、難しい顔で父帝と話をしている。
広い卓には地図が広げられ、状況報告の書状や小さな紙に書き留めた覚え書き、それらが散乱している。
「……何としても、都に入る前に食い止めねば……」
幸せに包まれているユファはまだ、暗雲が立ち込めていることを知らない。




