第十一話
ジーレンは、自分は何を聞かせられているのかと、その場で固まっていた。
その様子を見て、第八は不思議そうに首を傾げる。
「ジーレンはまだ、結婚も婚約もしていなかったわよね?」
「は、それは、そうですが……そういう問題ではなく……」
成人前の皇族が性別を明かすことは、ご法度だ。婚姻についても、全ては成人の儀が済んでから話が始まる。
ジーレンが言いたいことを察して、第八は苦笑した。
「わたくしたちの間で、そんな建前は不要ではなくて? ジーレンはとっくに気付いていたでしょう? それに、成人の儀まであとほんの少しじゃない。」
「しかし……」
それでもダメなものはダメだと諭さなければ、と思うのに、上手く頭が働かない。ジーレンは呆然と目の前の第八を見つめる。
「わたくしは、ぜひジーレンを皇室に迎え入れたいの。言いたいことを察してくれるし、やりたいことを実行してくれる手腕もある。打てば響く、と言うのかしら? こんな殿方、逃す手はないと思ったのよ。わたくしの知らないところで、メイファ姉様と交流があって、姉様と結婚したいという考えが少しでもあるなら、それはそれで良いと思っていたわ。」
『でも違うのでしょう?』という視線を向けられて、ジーレンは少しガッカリした。『そうか、皇室にとって有用なだけなのか』という言葉が頭を過る。そんな自分に気づいて、更に動揺する。
ジーレンが困っているのを見て、第八は苦笑した。
「……ううん、やはり良くないわね。こういうのは本心でぶつからないと。……理由は色々つけられるけど……」
第八はそこで一度言葉を切り、居住まいを正して、まっすぐジーレンの瞳を見つめた。
「わたくし、あなたが好きなの。」
今度こそ、ジーレンは彫像のように動かなくなった。目を見張り、瞬きもせずに第八を見つめ返す。
あまりにも長い沈黙に、第八が困ったように声を掛けようとしたところ、ジーレンは大きく息を吐いた。
「……まずは成人の儀を終わらせ、最低でも二、三か月は私以外の者ともご交流ください。今は外の者をご存じないでしょう? 話が決まってしまってから取り消しとなると、瑕疵になります。それまでこの話は、私の胸の内にのみ留めておきます。」
ため息とともにそう言われて、呆れられてしまったかなと、第八はしょんぼりしながら戻っていった。
一方ジーレンは、そのまま後宮を辞すと、なぜあんな言い方しかできなかったのかと後悔に苛まれていた。
そして三人のシャオジェたちは成人を迎え、第六は昇龍、第七は雲龍、そして第八は玉華と名付けられた。
ユファは積極的に交流会を開き、様々な者たちと知り合っていった。ユファも、仕事に完全復帰したジーレンも、互いに忙しく顔を合わせる機会はぐっと減ってしまった。
ジーレンは、このままユファの初恋は色褪せて、他に良い人を見つけるのかもしれないと、諦めをつけようとしていた。
そうして、ユファの成人からきっかり三か月。
ジーレンはその夜、ディロンの名で呼び出されていた。
「ジーレン! 会いたかった!」
だが、通された部屋にいたのはユファだけだった。
呼び出したディロンどころか、侍女の姿さえない。
気づけば案内してくれた侍女もいなくなっており、完全に二人きり。
「……ユファ様、これは一体……」
ユファは速足でジーレンの元へ寄り、それにたじろいだジーレンは一歩下がる。
「約束通り、この三か月、色んな人と関わってきたわ。でもやっぱり、ジーレンのことが好きって気持ちは変わらなかった。」
はにかむように少し視線を落として、言葉を紡いでいたユファが、まっすぐジーレンを見る。
「頭が良くて、なのにちょっと頑固で立ち回りが上手くなくて、それでも出来ることをやろうと一生懸命で……」
果たして褒められているのだろうか? と疑いたくなるような部分を列挙されて、ジーレンは遠くを見るような目をする。
「責任感が強い所も、不器用なところも、全部好き。あなたが好きよ、ジーレン。」
遠くに行っていた視線を、ユファに戻す。
目いっぱいの笑顔でそう言われて、ジーレンの鼓動は早鐘を打った。
「……本当に、私を選んでよろしいのですね?」
「そうよ、そう言っているじゃない?」
ちょっと拗ねたように返事をするユファを、ジーレンは腕の中に閉じ込めた。
とっさの出来事でぽかんとしていたユファが、抱きしめられていると気付いて顔を真っ赤にしている。
そんなユファを見て、くすりと笑うジーレン。
「今更、やっぱり無しは、聞きませんからね。」




