第十話
ジーレンは毎回、シャオジェたちが気に入るような話題を何かしら用意してきた。
ただ、第八の好みは掴み損ねていた。第六や第七用に用意してきたことでも、同じように興味津々で楽しそうにするためだ。
初対面での言い合いのこともあり、ジーレンは第八に苦手意識を持ち始めていた。
「……あら、もうこんな時間。今日はお開きにしましょうか。」
侍女に耳打ちされた第六が、一同に声をかける。
持参した書物を片付け始めたジーレンを、第八が手伝う。
「ジーレンのお話は、いつも楽しいですね。次はどんなことを教えてくださるのかしら?」
ジーレンと違って、第八は彼のことを気に入ったようで、何かにつけ話しかけてくる。
「楽しんでいただけているのでしたら、何よりです。私は外の情報を仕入れて来てお伝えしているだけですので、教えるなど恐れ多いことでございます。」
「謙遜も過ぎると嫌味ですわよ?」
第八がクスクスと笑う。その仕草は可憐で、書物を差し出す手からは仄かにいい香りがする。
「謙遜したつもりはないのですが……ありがとうございます。」
書物を受け取ると、一歩下がって礼を言い、辞去の挨拶をする。
ジーレンは何事もなかったかのように帰路につき、自宅に帰って、普通に夕食と入浴を済ませて寝台に入る。
だが、目を閉じた瞬間、思い出したように鼓動が早鐘を打った。
呼吸をすると第八シャオジェの香りを思い出す気がして、息もままならない。
ジーレンは混乱しつつ、落ち着こうと努めた。ゆっくり体を起こし、窓を細く開けて夜の冷たい空気を呼び込む。
何でこんなことにと思いつつも、ジーレンはこの動揺に心当たりがあった。
誰にも言えない、誰にも言ってはいけないことだが、ジーレンにはシャオジェたちの性別が予想できていた。
十四も過ぎた頃合いなら、声変わりもあれば対格差も出てくる。発声や着こなしで大分隠れてはいるが、何度も顔を合わせていればさすがに気付く。
第六、第七は男で、第八は女だ。
第八が女性だったら何だと言うのか、とジーレンは大きく息を吐いた。
世の半数は女性だ。同僚にだって女性はいる。
自分にそう言い聞かせると、冷えた体を布団に包み、その日は眠りについた。
ジーレンが後宮に派遣され始めてから半年ほど。徐々に外廷の仕事が回ってきて、仮復帰の様な状態になってきた。
簡単な書類や以前扱っていた仕事の資料が多いが、多くが別の担当者をつけられ、ジーレン本人は確認すればいいだけの状態になっている。
これで本当に回っているのかと職場へ確認に行けば、人員が上手く適材適所に割り振られていて、本当に仕事が楽になっていた。
聞けば、ディロンが率先して実務能力を試したり、それぞれに合う人員配置へと見直したりしたらしい。
未来の皇太子にそこまでしてもらったと思うと申し訳なくて、ジーレンは挨拶に行ったが、そこで聞いたのは驚くべきことだった。
「ああ、その件なら私ではなく、バーに礼を言うと良い。やり方の叩き台を考えてくれたのは、あの子だからね。」
夕刻、ディロンの宮の居間で迎えられたジーレンは、不躾にもまじまじとディロンの顔を見つめてしまった。
「人員配置の件については、君に限らず、あちこちで大なり小なり問題が起きていたんだ。それを相談していたんだが、シュロンが君を連れて行った頃、バーが献策してくれてね。それを元にやっていたのだよ。」
賢い子だろう?と笑うディロンは、少し得意げだった。
「もうしばらくすれば、計画も終わり。君も完全復帰できるが……そうなると後宮には通えなくなるね。どうしたい?」
どうしたい、と言われても、ジーレンは困ってしまう。自分は文官として宮廷に仕えるのが役割で、環境改善されたなら、その中で出来る限り働くのが御恩への報い方だとは思う。
でも、そうすると、もう第八シャオジェには会えないのか。
そう思うと、何だか胸にすうっと冷たい風が吹いたようだった。
ディロンは考えておいてくれと言って、ジーレンを送り出した。
次の日はシャオジェたちの元へ向かう予定になっていたので、ジーレンは普通に用意をして、普通に参内した。
いつも通りに迎え入れられ、楽しいひと時を過ごし、帰宅する。
それだけなのに、この時間が無くなってしまうのが、ジーレンにはひどく惜しく感じられた。
シャオジェたちの視点が面白いから、自分も視野が広がり勉強になるから。いろいろ理由は上げられるが、確たる動機は、雲のように掴もうとすればすり抜けてしまい、よくわからない。
ただ、次の朝一番にディロンの執務室へ赴き、申し出ていた。
「私でよろしければ、これからもシャオジェ様方のお話し相手を務めさせてください。」
穏やかな日常は続き、末っ子シャオジェたちの成人の儀が近づいた春のある日。
いつも通り帰ろうとしたジーレンを、第八が廊下で呼び止めた。
扉の向こうには人の気配があるものの、侍女も連れていない第八の姿に、驚いて足を止める。
ジーレンは第八の行動を咎めようと口を開いたが、第八が言葉を発する方が先だった。
「ジーレンは、メイファ姉様とは仲が良いのですか?」
「は……? いえ、メイファ様はあまり人と関わらない方で、私などはあまりお話しする機会もございませんが。」
『そう』と頷く第八に、ジーレンはなぜそんなことをと首を傾げる。
第八は少し考えた後、ジーレンを見つめながら『では』と口を開いた。
「わたくしの夫になりませんこと?」




