5話:揺れる胸朶
謁見の間より出たルークは隣を歩くゾラを訝しげに見た。
それを察したのか、ゾラはああ、と声を上げて、
「空間転移の魔術はあのような場では良いのですが……座標を間違えると煉瓦に埋まってしまうなどもあるのです」
「ぞっとしませんね。ゾラ様」
「ゾラで結構ですよ。ルーク様。放浪の鷹のほうがお立場は上ですので」
「いえ私こそ、鷹においては新参……ルークで問題ない」
「では、ルークさ……ルーク。よろしくお願いします」
敬称がつかないことに慣れぬのか、ゾラは己の言い間違いに口元をほころばせた。
笑うと、宮廷魔道士の印象は変わった。目尻に皺が寄り、蝋燭のゆらめきにも似た温かさがまとわれていた。つられてルークも表情を緩め、その中でゾラが続けた。
「放浪の鷹は王直轄ですが、下支えは我々魔道士が行っております。ですので鎧や――詳しい手続きに関しまして、ご説明いたします。『放浪の鷹』専属の宿舎もありますのでご案内いたしましょう」
隣を歩きながらゾラは、道すがら専属の鎧、服、放浪の鷹の出動体系を説明していく。その中でルークはゾラを見つめた。ゾラは、袖のないドレスを身に着けていた。体に沿った紫の布地は襟ぐりが深く、ともすれば双丘が見えかねないが、胸元から首までを、黒のレースが彩っている。細かな意匠の糸と糸の隙間から、白き肌が見え隠れしていた。歩くたびに小刻みに揺れる胸朶は、ただの脂肪の塊ではなかった。
そのようなことを観察するためではない、とルークは首を振り、改めて彼女の横顔を見るが、それよりもはやくにゾラが首を傾げ、足を止めていた。
「ルーク、いかがしましたか」
「あ、いえ……魔道士が下支えを行う、とはいえ本来であれば使用人のやることではないか、と。有難いのだが、宮廷魔道士の身でこのようなことをされて、よいのですか」
本来の質問をルークは投げかけていた。多少の、遠慮の気持ちがあった。
こともなげにゾラは微笑んだ。
「使用人もおりますが、放浪の鷹は国を守る役目、無碍な扱いは出来ません……それに研究のためにも、お互いの事を知っておく必要もある、でしょう?」
――お互いのことを知る。何を知るのだ。
ルークは問おうとし、口を開きかけたが、閉じた。魔剣のことだろう。それ以外に何があるというのだ。
ルークは息を大きく吸い、
「ああ。とくに、クフィヤトについては知る必要があるな……」
「そうですね……ああ、では此方を曲がって」
王城の廊下を曲がりながら、ゾラは説明を続けた。
幾つかの説明の後、ゾラに案内された宿舎は王城の外にあった。一軒家であった。焼煉瓦で作られた、鱗屋根の家の中に通されたルークは、ゾラからの、
「ルーク一人の家ですのでご自由にお使い下さい」
その言葉に驚愕を禁じ得なかった。東方騎士団でも、武功を認められ個別の部屋自体は与えられていた。しかし、広さは比べ物にならない。五倍はあるかという平屋、その梁を見上げることしか出来なかった。
「私一人の家……」
どこか子どものような仕草を取るルークに、ゾラが再び口を押さえて、笑った。
「ええ勿論です」
「しかし、申し訳ないな。私だけこのような」戦友たちの顔を思い浮かべる。ルークの声は沈んでいた。
ゾラの短い息を呑む音が聞こえた。
「……ルーク、考えてください」
数呼吸の沈黙の後、ゾラが口を開いた。
「あなたはこれから人ならざる魔物と対峙するのです……命を落とす危険も、これまで以上にある」
「だがそれとこれは……」
「それだけの責務に応えるための、王の……いえマルクブルクの報奨と、納得してください」
ゾラの言葉は落ち着いたものだったが、強さがあった。
ルークは顔を下ろした。まぶたを閉じ、呼吸を整えてから、彼はゾラを見つめた。
「ああ、わかった」
そして、
「ありがとう、ゾラ」
確固とした彼の視線にゾラは息をつくと、
「では、数日後には勅令が下ると思います。何もわからない状況で赴任させる旨……申し訳ありません」
「……放浪の鷹は」
「それまで、お休みになってください」
家を出ようとしたゾラを、ルークは呼び止めた。
「ルーク、なにか?」
「その……敬語も、なくて構わない。君と私は、仲間だ……仕事上の」
「……馴れましたら」
ゾラは僅かに目を見開いたが、微笑んだ。
そして彼女の言う通り、三日後勅令が下った。
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