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5話:告解

 ベレネまでだく足で四半刻というところで、ゾラは馬の手綱を緩めた。

「ありがとう、疲れさせてごめんなさいね」

 口の端にあぶくをつける馬にゾラはそう告げ、牝馬の首を軽く撫でた。

「ゾラ、何故来たんだ」

 後ろに乗ったルークは、やっとそう告げた。咎める口調では無かった。

「貴方が私にしゃべらせず、向かってしまったからでしょう」

「しかし、ゾラ。君は戦えない――危険は私が」

「戦う戦わないの前に、クフィヤトが目覚めていない状況でどうやって斃すつもりだったんですか」

「クフィヤトの力を使わずに勝つ方法は――あるはず」

 抗弁するルークに、ゾラはゆっくりと息を吐いた。苛立ちではない、考えを整理するための吐息であった。

「私は剣のことはわかりません……だから、ルークに勝つ算段があったのかもしれない。でも、あのときの貴方は明らかにいつもと違いました」

「――そう、見えたのか?」

 ルークはこれまで味わったことの無い動揺を抱え、それは声に現れた。

 ゾラが肩越しにルークを見る。両眉は上がり、目は見開かれていた。

「気づいてなかったのですか?」

「どう違って見えたんだ……」

「最近は貴方が何かを抱え込んでいるのはわかっていましたが……先ほどはそれとも違いましたよ。焦っていたというか……」

 ルークは返す言葉を持てなかった。自身の焦りをはじめて自覚した。

 ゾラが続ける。言葉に和らぎがあった。

「ルーク、初めて会った時も、昨日も言ったのですが、抱え込まないでください。仲間がつらい顔をするのは、つらいんですよ」

 ルークはすぐに応えなかった。

 ルークが口を開いたのは、街道の先にベレネの城壁が見え始めた頃であった。

「――ゾラ」

 振り向いたゾラに、ルークは告げた。

「時間を、くれないか。心を整理したいのだ」

「――ええ。わかりました」

 肩越しのゾラはわずかに微笑んでいた。彼女の肩から力が抜けるのが、ルークには見えた。

 すでに城門は目の前にあった。


 ベレネは商人と職人の街であった。大型の城門をくぐり抜けると、南に通ずる大通りを直進すれば、十字路にでる。十字路を西向きに曲がれば、周辺地域より持ち込まれた皮革、木材、スレートを加工する職人街が所狭しと並び、東に行けばそれら商品を各地に送るための卸商組合が幾つかある。ゾラに伴われ、南に直進した先に魔導院の支部はあった。

 マルクブルク王の直轄地であるベレネには、代理統括をする貴族はいない。魔導院支部がその役を担っていた。

 ルークは終始無言であった。ゾラは何かを察していたのか、率先して魔導院の支部長と対話を行い、宿泊の手配までした。

 ベレネの魔導院支部は滞在施設を有していた。各地の放浪魔道士、他都市に所属する魔道士の来訪が密であった。滞在施設までは、職人街と魔導院の中間にあった。

 終始無言のルークはゾラに付き従い、滞在施設まで徒歩で進む。すでに夕を迎えつつあった。市場の商人は慌ただしく荷を片付けていた。荷車は車輪をがちゃつかせ、大通りを逃げるように走り去っていた。遠くより木のきしむ音がする。ベレネの城門が閉まりつつある音であった。人を防ぐための城門ではない、魔物の侵入を防ぐための門であった。。

 ベレネに来てから初めてルークが口を開いた。滞在施設にて、おのおのの部屋に案内された時であった。

「ゾラ、いいだろうか」

 片眼鏡を掛けた彼女はそれだけで察し、頷いた。

「ええ。荷物を置いたら私の部屋へ――」

 ルークは手早く鎧を脱ぎ、クフィヤトを差したベルトに手を掛けた。外したクフィヤトを寝床に置こうとし、やはり持って行くことにした。

 ゾラの部屋をたたき、僅かな間でルークとゾラは、卓を挟んで相対していた。

 ルークは前屈みに膝に肘を置いていた。何かに祈るように両手を握っていた。

 ゾラは口を開かなかった。わずかに眉を下げ、幅の狭い唇を見てわからぬほど下げていた。

 ルークがまず告げたのは短い謝罪だった。

「――すまない」

 ゾラは尋ねはしない。ただ、次の言葉を待っていた。彼女の呼吸は落ち着いたものであった。

「私は、隠していたことがある。クフィヤトのことで」

「そう――そうなんですね」

 ルークは静かな相づちを聞き、歯を食いしばっていた。眉間にしわを寄せ、両手を震わせていた。

「すまない。君に隠し事をしてしまった――私は、クフィヤトの力、その使い方をおそらくは理解していた」

 初めてゾラが息を飲んだ。なぜ、と彼女の口から言葉が漏れたが、すぐにゾラは首を振った。

「教えていただけますか。ルーク」

「ああ――クフィヤトは、銘を心に浮かべることで力を使うことができる」

「なるほど。それ以外にも――あるのでしょうね」


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