↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/42

4話:幸せになる権利などない

 四日目、ルークとゾラは昨日と同じく、馬上にいた。ベレネまであと二刻ほどの街道沿いであった。

 蒼天の、広々とした地平に連なる街道とは対照的に、ルークは渋面を抱えながら馬に揺られていた。

 昨日のゾラの台詞が我が身の中で鐘のごとく鳴り響いていた。

 気遣わしげに時折ゾラがルークを見ていることに、彼自身は気づいていた。目が合うたびにゾラへと微笑んでみせたが、顔の筋は硬い。己でもぎごちない物であることを感じ取っていた。

 幾度目かに視線が交錯した時、ゾラがたまりかねたように口を開いた。

「ルーク」

「大丈夫だ」

 ルークは発作的にそう答え、話のつながっていない自身の言葉に、顔をしかめた。慌てて続けていた。

「いや、すまない。忘れてくれ、ゾラ」

「大丈夫じゃ無いでしょう、ルーク。悩み――やはりクフィヤトのことですか」

「問題は無いさ、大丈……」

「ルーク、聞いてください」

 首を振るルークを、ゾラは真正面から見据えていた。眉根は上がり、切れ長の瞳は潤んでいた。

「私たちは仲間でしょう。クフィヤトの事で悩んでいるのでしたら、抱え込まないでください」

 ゾラの言葉に、僅かな震えを感じ取った。自身の心臓が飛び出すような、一際大きい音をルークは聞く。

「ゾラ」

 ルークは口を開きかけ、しかし、すぐに閉ざした。首を振る。

 笑みをゾラにむけた。

「本当に大丈夫だ。気にしないでくれ……クフィヤトの力が使えずとも、私は全うしてみせる」

 ゾラはそれ以上何も言わず、目を伏せた。視線からゾラの横顔を振りほどき、ルークは唇を噛んだ。

 後悔の波がルークに打ち寄せ始めた。

 波を遮ったのは、咆哮であった。

 明らかに獣でも、ましてや人の物でも無い大なる咆哮は、街道を響かせた。

 ルークは声の方角に、首を鋭く巡らせた。街道沿いの大平原では、遠方のものもよく見える。二十馬身先。目を細めずとも、ルークは咆哮の正体を認めた。

 蛇であった、魔物であった。

 蛇の似姿の魔物は、黄金のうろこを持っていた。黒の、人を模した腕が胴より生えているのが見えた。他に人影は無い。魔物はルーク達に向けて二本の腕で這いずり、近寄っていた。

 ゾラが目を見開き、つぶやいた。

「あれが、魔物――」

 ルークはゾラに振り向き、名を呼ぶと、

「此処にいてくれ――いや、ベレネに向かってくれ」

「ル、ルークは如何するのですか?」

「斃す」

 己の剣で。力で。ルークはそう言いながらも、クフィヤトの鍔を見てしまっていた。

 ルークはゾラの返答を待たず、馬の手綱をたたいた。

 恐れを持ちながらも、馬が走り出す。魔物の動きは、鈍重に見えた。しかし這い寄る巨体は、三呼吸もするうちにルークとの距離を詰めていた。

 咆哮を発した大口の朱が見える。牙は無い。臼歯が口の端まで並んでいた。魔物まで五馬身、ルークは馬をとめ、飛び降りた。クフィヤトを抜く。

 クフィヤトの銘がルークの目に焼き付いた。

 正しいことを行え。

 ルークはクフィヤトから目をそらす。銘は己を苛むように見えた。魔剣を片手で構え、魔物を見据えた。

 頭をもたげた蛇の巨怪は、二馬身の高さを持っていた。おおよそ全身の半分。腕は地を掴み、上半身を支えている。まばらに獣毛が生えた腕の所々からは、人の目に似た瞳が幾つも覗き、ルークを無機質に見つめていた。その右腕が持ち上がった。

 弧を描き、横殴りに手の平がルークに向かう。腕が起こす業風は、ルークの耳朶を震わせた。

 ルークは半身を入れ替えた。左から来る腕をすんでで交わす。右。もう片方の腕が袈裟懸けに向かってくる。三歩下がった。ルークは魔物の腕の外側にたてると目算した。クフィヤトを掲げた。刃を向ける。

 魔物の手の平にクフィヤトが食い込んだ。クフィヤトは使い手の心情とはお構いなしに、するすると魔物の掌、前腕を縦に裂く。血しぶきが上がる。目算通りに腕はルークのそばを通り過ぎた。腕の業風を感じながら、ルークはクフィヤトを引き抜き、返す刀で上段に構えるのもわずか、蛇の肘にクフィヤトを振り下ろした。蛇の左腕が切り落とされる。咆哮が上がった。蛇は狼狽えることは無かった。顔中にある八つの瞳でルークを見下ろした。首がルークの方を向いた。

 上。

 臼歯を覗かせ蛇の口が、ルークを飲み込まんと落ちてくる。ルークは地を蹴った、跳んだ。足先が蛇の頭を掠めた。痺れ。ルークのつま先を掠めただけの頭部であっても、ルークの足に痛みを残した。

 蛇の頭が地に激突する。地鳴りが起こる中、頭に向けルークは魔剣を薙いでいた。横に。足指の熱を抱えながらも、放たれた魔剣の横薙ぎは蛇の乱雑に付いた目の内の一つをさいた。

 魔物の目から体液がほとばしる。ぬらついた液が鎧にかかる。その中で、ルークの頭に幾つかの言葉が鳴り響いた。正しい事を行え。守れなかった者を糧に、守れ。剣しか扱えぬ己が出来ることを行え。

 残響は胸に闘いの火を生み出した。魔物は地から頭を引き抜こうとする。熱情のまま、その首を切り落とさんと、ルークは魔剣を上段に掲げた。

 火は思考を鈍らせる。クフィヤトを両手で握り込んだルークの胴に、衝撃が走った。横に吹っ飛ばされる、うめきを上げた。

 ――何故だ。左腕は切り落とした。右腕で地を支えているはず。

 宙を舞う中、視界の端に蛇の動く尾が見えた。尾がルークの腹を横殴りに殴った、地に背からたたきつけられたのと得心は同時であった。

 肺から息を漏らしながらも、ルークは転がる。追撃を避けるために。立つが、漏れた息と衝撃は体感を揺るがせた。平衡がつかめぬ身のまま、魔剣を構えかけた。

 衝撃で乱された思考は、背後に鳴る蹄の音をとらえ損ねた。

「ルーク!」

 ゾラの叫びに、思わずルークは振り向いた。なぜ、と彼が訊く間も無い。ゾラは眉をつり上げ、

「目を閉じてください!」

 右手を動かした。何かが魔物に向けて飛ぶ。

 魔石であった。握りこぶしほどの黒きそれは、陽光にきらめく。光の反射の高さは魔石の純度の高さを示していた。

 魔物は地から頭を引き抜き、ゾラへ――その手から放り投げられた魔石を見つめていた。

 ルークは飛んだ魔石をわずかに目で追いかけ、しかし腕で目を覆い隠した。

 一呼吸の間が置かれた。

 魔石が大な閃光を放つ。間近で陽光よりも鋭き魔石の光を浴びた魔物が、体中の眼を閉じた。ひるんだ。

 硬直する魔物にゾラが息を吐いた。目を覆い隠す腕を外し、ルークは語気を鋭く問う。

「ゾラ、何故ここにいるっ、逃げてくれと――」

「言っている場合じゃありません!」

 ゾラが手を差し伸べた。青白い掌を怪訝に見るルークに、ゾラは告げた。

「逃げましょう、一度!」

「だが――」

「貴方が逃げないのなら、私も逃げませんよ!」

 遮られたルークは、肩をふるわせた。

 ゾラの言葉は、子供を叱りつける調子を伴っていた。こわばる顔のルークにゾラはなおも告げる。

「貴方が死ぬなら、私も死んでしまいます!」

 ルークはためらいがちにクフィヤトを収め、ゾラの手を取った。譲られた鐙を踏み台に、ゾラの後ろに乗る。

「しっかり捕まってくださいね、振り落とされないように」

 腰に手を回すようにゾラは言い、馬の腹を蹴った。

 走り出す。魔物の咆哮が、ルークの背後で聞こえた。肩越しに見える魔物は、未だ魔石の閃光がちらついているのか、ルーク達を探し首を回していた。

 なおも悔やみがルークの胸に降りる中、ゾラが告げた。

「無茶をしないでください――」

 移り変わる風景の中で、ゾラの言葉はルークの耳に確と届いた。

「貴方がいなくなれば、悲しむ人もいるのですよ」

 ルークは何かを言おうとしたが、言葉は見当たらず、ただゾラの肩越しに前方を見ることしか出来なかった。幸せになる権利はないという意識は未だ自認できぬままであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。