3話:ベレネへ
ルークは宿舎に戻った。鎧の裏面にある魔石を確認してから、身に纏った。クフィヤトはすでに腰にある。外套を肩当てに取り付けるが、その動きは途中で扉をたたく音に阻まれた。
ルークは眉を僅かに寄せ、扉を開けた。見えた姿に声を上ずらせた。
「ゾラ……どうしたのだ」
ゾラはいつもと変わらぬ表情であったが、彼女の瞳に、ルークは云いようのないやましさを感じた。クフィヤトの秘密を隠している物とは別種であった。
脳裏に白と紅のドレスが映っていた。次いで、白金の髪を思い出した。
ルークのやましさをゾラは知らない。ただ、いつもの淡々とした口調で告げた。
「ルーク、今度の討伐先には私もついて行きます」
「ど、どういう――?」
ルークが持つ、根拠のないやましさは、ルークの言葉をどもらせた。
ゾラは片眉を上げたが、僅かに手をやった口を綻ばせた。
「いえ、今度の任地には私も用がありまして。道中ルークがいてくださる方が都合が良いんです。やや長旅ですので」
「私がいた方が都合がいい?」何をさせられるのか、ルークは自身のやましさが肥大する感覚を覚えた。
「私だけで向かうとなると、やはり道中危険でしょう? 野盗などもおりますし、旅に不慣れですので」
ゾラは悪戯げな笑いを浮かべ、顎に手をやった。
「放浪の鷹のルークがいてくれたら心強いのですよ。私も任地までの道中で、討伐の内容をルークにご説明出来ますし」
「そ、そういうことならこちらも助かる」
ルークは肩の力を抜いた。云いようのないやましさは残っていたが、安堵がそれを和らげた。
「ちなみに場所は?」
「商業都市ベレネですよ」
ゾラは均整のとれた胸朶をたたえ、そう告げた。
ベレネはマルクブルク王都より、馬で四日かかる地にあった。王国を横断する街道を南下した先にある商業都市は、レガンテ、ローシャ周辺地域の集散地であった。
初夏に近づいた街道の両脇は、新緑の絨毯に覆われつつあった。
ルークはゾラを率い、ベレネへと向かっていた。王都を発って三日目の事であった。
馬上のゾラがフードを取った。昼前の陽光に、まぶしげに目ばたきをする。
「やはり少々暑くなってきましたね」
同じく馬上のルークは隣で頷いた。
「もう夏がすぐそこまでやってきている」
「ローブが厚手過ぎたかもしれませんね。いつも閉じこもりきりなので――失敗してしまいました」
ゾラが自身のローブを指で挟み、眉を下げて笑った。ふとゾラはルークに首をかしげてみせた。
「ルーク、私の格好は変ではありませんか?」
「いや、なにもおかしくは無いと思うが……?」
ゾラの服は簡素なものであった。以前に見た七分丈のシャツに、乗馬用の革のズボンを履いていた。フード付きの、紫のローブを上から羽織っている。均整のとれた双丘は、初夏の熱から逃れんとするようにシャツ越の中で馬の動きに合わせ、小刻みに上下していた。
ゾラは息を吐き、胸に手を当てた。ルークに対する口ぶりは、三日の旅のおかげか、幾分か砕けたものになりつつあった。
「よかった、旅なんて久しぶりでしたので。妙な格好をしているんじゃないかと不安になってしまって」
「剣しか振るえない男に、聞いて貰っても、その――困るぞ」
ルークは苦笑し、そういえば、とゾラを見つめた。
「ゾラはベレネに何用でいくんだ?」
討伐については、道中でゾラより聞いていた。
「ああ、私は研究についての情報交換をしに行くんです。ベレネは学級都市ほどでは無いのですが、魔石や魔術印の研究は独自のものがありますから」
「独自のもの。研究がそんなに進んでいるのか」
「ううん。最先端と言うよりも、実学に近いものですね。学術都市では最先端の魔法研究が多いのですが、ベレネは商業都市でしょう? 魔石採掘や魔術印の研究が実用に落とせるものが多いのです」
「商売人が多いから、実用のものに金が出やすいんだな」
相づちを打つルークに、ゾラは大きく頷いた。声は弾んでいた。
「そうなんですよ、放浪の鷹に組み込まれている魔術印にもベレネの研究が使われ居るんですよ? 汚れを落とすものがそうなんです」
「ああ……これには確かに重宝しているな」
「とはいえ、普通の魔術印としては魔石の効率が悪いのですが」
熱っぽく語る様に、ルークは口元をほころばせた。
ゾラは戸惑いの表情を浮かべる。
「何か、おかしいですか?」
「ああ、すまない。そういうわけではないんだ。ゾラが楽しそうなので、つい。魔法について考えるのが好きなのだな、と思っただけさ」
「そうですね、言われてみればそうなのかも、わからないことがわかる……それが楽しいのかもしれません」
ゾラは顎に手をやり、目線を上に向けていた。しかし、すぐにその表情は曇り、
「――ですから、クフィヤトについてまだわからないことが多いのが、つらくもあります」
ルークは胸の罪悪感が重くなるのを感じた。手綱を握りしめる力が、我知らず強まった。
眉をひそめたルークに、ゾラは無理矢理に明るい声を出していた。
「ごめんなさい。ルーク、戦う貴方の方が大変ですのに」
「いや、良いんだ。ゾラの気持ちは――わかる」
最後の言葉をルークは絞り出すように言った。
ゾラから目をそらした、前方の風景を見る。遠くかすかにベレネの大鐘楼が見えた。鐘楼は鐘の残響を、ささやきとして遠方のルークとゾラの耳元に運んだ。




