1話:締め付けられた双丘はなお主張をする
翌日の昼前、ルークはエカテリニの使用人に伴われ、馬車に乗り込んだ。エカテリニが有する馬車であった。ビロードで覆われた車内の椅子は、柔らかく、撥条がきいていた。少ない振動は、戦帰りの彼にとっては居心地の悪い物であった。
四半刻もせぬうちに、ルークはエカテリニの邸に下ろされた。邸は
「エカテリニ様はイザベラお嬢様とすでに鍛錬に入られております」
そう告げる御者の案内にしたがい、ルークは前庭から母屋を抜け、裏庭へと出た。
裏庭は縦横四馬身程度の広さであり、芝が生えるばかりであった。花は無い。唯一楡の木が一本生えているだけであった。鍛錬場をなしているそこに、二人の女はいた。
イザベラは剣を両手に構え、肩を上下させていた。エスクリム用の剣では無い。細身の剣であった。練習用の剣は形こそ模しているが、丸く、鋭利な部分は見当たらない。乙女の前には、エカテリニがいた。
「イザベラ様、構えが乱れています。体の芯を意識してください――」
イザベラが短く、気迫に満ちた声で応える。
イザベラも、エカテリニも軽装であった。シャツと乗馬ズボンを身に纏い、革の胸当てを纏うのみであった。二人の胸当ては、膨らみを隠していた。しかし汗に塗れるイザベラの身に白のシャツは張り付き、体の線をあらわにし、秘するがこその花を体現させていた。エカテリニは汗は見えない。だが、胸当てに締め付けられた双丘はなお主張をする。イザベラが振るう剣をエカテリニが受ける。そのたびに胸当てが塗れた犬のように遅れて動いた。
エカテリニは片手で細剣を握りながら、イザベラを見据えた。
「――型を思い出して下さい。型は自身の剣で、自分を傷つけないためにあるもの」
イザベラは無言で頷き、エカテリニが型を告げるたびに、剣を振るう。剣は難なく受け止められ、そのたびにエカテリニは一言告げた。
やがて幾合かの打ち合いの末、エカテリニが静止の声を上げた。
ルークは両者が剣を下ろした時を狙い、二人に歩み寄った。
「お二人とも、お疲れ様でした」
金の髪を後ろでひとまとめにしたイザベラは、汗みずくの顔をルークにむけた。
「ルーク様、いつから見ていらしたのっ?」
乙女の弾んだ声と笑みに、ルークは思わず口を綻ばせた。熱中している者だけが有する空気を彼女は纏っていた。
「訓練中に邪魔をしてはいけないと思い、声をかけそびれてしまいました」
告げた後でルークは彼女の顔を見、眉をひそめた。
「どうかなされましたか、イザベラ様?」
「い、いえ。いざ見られると、恥ずかしいですね……習いたての私の剣など」
ルークは、目を伏せるイザベラに、声を上げて笑った。髪を三つ編みにまとめたエカテリニを見る。
「皆、最初は初めてですよ、エカテリニ様もそうでしょう?」
「ええ、そうですね。私も初めたての頃はおぼつかないものでした――恥ずかしいでしょうが、ルーク様も私も嗤うことなどありませんわ」
「そう、そうですわねっ。先生」
「何よりイザベラ様が楽しければ、それがよろしいのです」
エカテリニは腰に挟んだ手ぬぐいで汗を拭うと、ルークとイザベラに微笑んだ。
「それでは休憩にいたしましょうか――」




