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3話:満月だった。

 マルクブルク王城の謁見の間は、大理石で出来ていた。八馬身以上もある高さの天井からは真鍮の大燭台が吊り下げられており、無数の魔石が連ねられている。光は灯っていない。四面に嵌められた、周囲の大窓から取り入れられる陽光が明かり代わりだった。


 近衛によって開かれた金張りの扉を潜り抜けたルークは歩み寄りながら、

「王殿下、……元東方騎士団十一軍ルーク・フォン・ブレイシュニヒト、ただいま馳せ参じいたしました」


 そう告げながら真正面にいる王へと歩み寄った。王以外、誰もいない。宮廷官僚、近侍たちは式典のために、出払っていた。


 赤のたおやかな絨毯を踏みしめ、片膝をつくルークに、玉座に深く身を預けた王は短く揃えたヒゲを撫で、

「うむうむ。ルーク。剣術試合の終わりであるのに悪かったな」


 王は、いかめしい顔に反して、ざっくばらんに告げた。武張った印象とは異なり、マルクブルク王、ベルンカステルは理と知の男だった。

 故にルークも騎士道をこの国に捧げていた。


「いえ、王の命とあらば……しかし、王殿下、かような格好で申し訳ありません」


 典礼用はおろか、街着の外套姿のルークに王は軽く笑った。


「何、外交や典礼ならばともかく、忙しい家臣との謁見に身なりなど気にはしておらぬ」

「しかし、何故斯様な日に」

「皆が忙しくしており、余とそなただけで話し合う場が欲しかったのだ」


 ルークは口を引き結んだ。内密の用、ということか。


「……して、用なのだが」


 王が玉座に肘を乗せた。両手を組み、上体を起こす。

 ルークは固唾を飲んだ。

 細められた王の目に、知の光が宿っていた。


「ルーク、そなた、東方での戦線が長かったとは言え『放浪の鷹』はもちろん知っておるな」

「はっ。勿論のこと。此の国の、魔物への防備の要ゆえ」


 放浪の鷹は、此の国にはびこる魔の物どもの手から、国を守護する遊撃騎士団であった。人知を超える魔剣を携え、時おり国にあらわれる魔物を斬る。

 それが放浪の鷹だった。


「東方騎士団の武功、何よりそなたの剣技を評して、放浪の鷹に入団してもらいたいのだ」


 王の直截な物言いにルークは口をほころばせた。何よりも此の王に認められたこと、そして誉れある放浪の鷹に抜擢されたことが、ルークの声に弾みをもたらした。


「王殿下の命とあらば、是非に……しかし」


 ルークはあることに気づき、眉をひそめた。


「確か魔剣は二十本、そして放浪の鷹は二十人、存命のはず」

「そこなのだ」


 王が口を歪ませた。面白がるようでいて、どこか苦みがある笑みだった。


「最後の一振りが実はある」


 驚きにルークが口を開きかけるが、その表情で王はすでに察していたのか、手を横に振った。


「ああ、まて。理由があるのだ。その剣は力が分かっておらん。だが、強大な力を秘めていることは、知っておる」


 矛盾しているのではないか、不明な力だが、強大である事は分かるというのは。ルークは王の言葉を聞き間違えたかと次の言葉を待った。


「そなたの考えていることは分かる。ルークよ。それを使用していたのは今から九十年前になるか……『放浪の鷹団』団長の三代目なのだ」

「三代目……名だけは聞いたことがあります」


 圧倒した力で魔の者共を屠り続け、『最多の魔を狩った』男と称されていた。


「伝え話から、私はあれは彼の才だと思っていたのですが」

「それも間違いあるまい。しかし、古い記述では奴の剣自身も、強大であることは間違いがないようでな……」


 王は手を五度、打ち鳴らした。鳴り終わる前に、ルークは肌のざわつきを覚えた。此の感覚は知っている。魔法が使われる前の感覚だ。

 同時に二人の間にある空間が歪んだ。レンズを通したかのように。

 そして王と、ルークの前に、女が現れた。


「王殿下、お呼びでしょうか」


 柔らかいものをこすり合わせたような、掠れた低い声だった。

 片膝をついたルークから、女の顔は見えない。そもそもが女はルークに対して、背を向けていた。

 背と言うよりも、片膝をついたルークから見えるのは、双臀だけであった。満月だった。紫の艶のあるドレスを着ている事は分かる。生地は二つの膨らみに沿い、形を浮かび上がらせているが、ところどころに皺が寄っていた。女の息遣いとともに、陽光を浴びたドレスの上で、艶はゆっくりと位置を変え、皺の表情を変え、生きた満月をそこに描き――

 そこで王が言った。


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