7話:私に出来ることなら何でもしてやるからな……
アレンヌ村に戻るころには、ルークの虚脱はなお一層、耐えがたいものとなった。アルの表情にも疲労がみえる。お互いをかばい合うように肩を借りながら、村長の家へと向かった。
二人は村長のはからいで、客室に通され、お互いはそれぞれの麻の寝床にすがるようにして眠りについた。
目覚めたとき、ルークは麻に包まれた藁の感触を背に感じた。上体を起こすと、シャツとズボンの姿となっていることに気づいた。脱いだ覚えのない鎧は、寝床のそばに置かれていた。
歪んだ玻璃の窓を見た。空は夜であった。ルークは覚醒が早まったことに、慣れを意識した。
「目が覚めたか、ルーク」
ルークは横手からの声に振り向いた、アルだった。
アルは隣のベッドに腰をかけ、こちらを見つめていた。左肩には薬草を包んだ布包みが、包帯によって巻かれていた。アルの香りと薄荷混じりの薬草の香りが、ルークの鼻に届いた。
ルークには、アルの怪我を慮る余裕はなかった。
アルは、両肩と腹部をさらけ出していた。これまで服に隠れていた腹部はより一層薄く白い。引き締まった腹部には、うっすらと割れた筋肉が見え、しかし脇腹には薄い脂肪が乗りよく出来た白磁の壺のような、丸みをたたえていた。なで肩はやや骨張っている。筋肉が無いわけでは無い。三角筋は絞まり、剣を扱うものの鋭さを持っていた。だが一番は、胸。胸であった。アルの肌と同じく、白の布が巻かれていた。ビスチェであった。ビスチェは軽やかなレースを幾つもたたえ、あばらの下あたりに幾つもの襞がよっていた。布巻は、アルの僅かな膨らみを慎ましやかに支え、二つの膨らみは悩ましくも浅き谷、いや溝を作り出していた。淡い胸であった。
彼は、彼女であった。
言葉を失ったルークを、アルは首をかしげて見つめ、眉を下げた。
「――ああすまない。ぶしつけな格好で。一応下着では無いのだが」
苦笑するアルを見つめ、ルークは、――女だったのか、と口にしかけ、その言葉を無理くりに飲み込んだ。女が放浪の鷹であることに問題など無いのだ。彼がいた戦場でも女はいた。
「か、肩は、大丈夫なのか」
ようやっとそれだけを言いながらも、ルークの頭の中では、これまでのアルの態度が思い起こされていた。
アルが首を振った。
「ああ。骨は折れていない。快復の薬は飲んだ。三日ほどで直る」
快復の薬は魔石を粉にし、複数の薬酒に溶かし込んだ薬であった。薬師が販売するそれは、身体のなおりを早める影響があった。しかし、宮廷魔道院の謹製であっても、すぐに怪我が治る訳ではない。
ルークはなおもアルにどのような言葉をかけるべきか逡巡し、彼女の肩を見つめるだけであった。自身の顔が熱くなることに気がつくまでは、数呼吸の間があった。
「あまり、見ないでくれ」
アルが右腕で胸の前を隠した。苦笑した顔はそっぽを向き、頬に紅が見えた。
「不名誉の負傷だ」
ルークよりも背の高い女は痩せていた。端正な横顔につながるうなじ、肩の骨は一つの彫刻であった。胸を隠せば、男にも女に似た、一つの禁忌の美がそこには宿っていた。触れることをためらうが、触れて壊すいざないがそこにはあった。
アルが顔を再び向けたときには苦笑は消えていた。
「そうだ、ルーク」
「どうした……痛むのか」
ルークは凝視していた自身に気づき、罪悪感を打ち消すために、彼女をいたわるふりをし、それは自責をよんだ。
「お前は本当に騎士として立派だな――いや、そうではない。夕餉を村長が用意してくれている」
アルが顎で指し示した。右腕は胸を隠したままであった。
寝台のそばには素地作りの卓と椅子があった。
「食べられるか、ルーク」
アルに無言で頷き、ルークは寝床から立ち上がった。木床のきしみとともに、鎧が小さく音を立てる。
「勝手で悪いが鎧は外させて貰ったぞ」
アルの気遣いに謝意を述べ、ルークは椅子に座る。卓上の木皿には、黒パンと適度に切り分けられたチーズがあった。裏庭で摘んできたのか、生で食むことができる山野草が添えられていた。土器の水差しには薄めたマルメロの酒で満たされている。
ルークはゆっくりと食みながら、マルメロ酒を飲んだ。梨を思わせる香りと酸味が、虚脱した体に人心地を与えてくれた。
視界の端に映るアルは、寝床の上で膝を抱えていた。
「ルーク、最後は花が咲かなかったな」
「ああ――鍔の色が消えていた。これまで、このようなことは無かった」
アルは膝に顎を乗せ、首をかしげた。
「時間に制限があるのか――? 何か条件があるのかもしれないな」
「わからん。だが明らかに短く感じた」
ルークは寝床に立てかけられた魔剣を見つめた。
――クフィヤトは幾つの謎を抱えれば気が済むのか。
呆れはすでにいまいましさを伴っていた。
アルのため息が、クフィヤトへの視線を断ちきった。
「難儀だな、ルーク。だが」
ルークはアルの顔を見た。
「私に出来ることなら何でもしてやるからな」
アルは微笑んでいた。




