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5話:採掘場の共闘

 馬に乗ったアルとルークは採掘場まで向かった。道中は木々の生えぬ、石と岩が転がる、灰色の坂道であった。ルーク達は、採掘場に魔物はいる、と聞いていた。硫黄の匂いがルークの鼻を刺激した。硫黄の匂いは、始まりは僅かに鼻を刺すばかりだった。馬を進めるにつれて、ひどく強くなっていく。それも、村長から聞いているとおりであった。

 スレートの入り交じった黒と灰の岩が並ぶ途中の路で、アルは馬を止めた。

「ここから歩こう」

 ルークは頷くと、馬を降りた。名残惜しげな馬の頬に触れ、撫でた。

 アルとともに、歩き出す。すでにアルは、魔剣ロデムを抜いていたが、ルークは切れ味故にクフィヤトを鞘に収めていた。

 眼前の坂道が見えなくなる。地を響かせるうなりが、先方より聞こえた。それは向こうが開けた場である事を示し、魔物がいることの証左であった。

 アルが立ち止まり、ルークを見た。

「ルーク、準備は良いか」

 無言で頷くルークに、アルは口の端を曲げた。ルークへ向けた、初めての微笑みであった。

「私の背にいてくれても良い。まだ力は使えないのだろう」

 アルがクフィヤトの鍔を見た。鍔の文様は、未だ色は変わらなかった。

 ルークは首を振りながら、彼に対するゾラの評に、間違いは無いことを再び知った。

「私のことは気にしないでくれ。放浪の鷹として戦えないことの方がつらい」

「――わかった」

 アルは静かに頷き、それ以上何も言わなかった。ルークも言葉は発しない。ただ採掘場へと足を進めた。

 採掘場は木々の無い、地肌をさらけ出した山に囲まれていた。山の肌には坑が開き、山の裾には岩を積んだ荷車が所々に放置されていた。

 広く舞踏会でも出来そうな平地の所々に岩や石が転がり、隅には不要品の石塊が積まれている。

 その中心部に、魔物はいた。亀に似た化け物であった。ずんぐりとした、高さ二馬身ほどもある山なりの胴体をもち、そこから太く短い脚が六つ生えている。背にあたる部分は、モザイク状に硬質な皮膚で覆われていた。カブトムシに似た皮膚は所々にすぼまりを持ち、尖端に穴が空いている。

 亀に似ているが、頭は無い。赤い眼が、背中の硬質部の継ぎ目から、幾つも覗いていた。

 魔物は動かなかった。時おり背が震えると、硬質の皮膚から岩が吐き出された。人の頭ほどの岩であった。硫黄の香りを伴った岩は熱を伴い、地を転がり、ルーク達の足下まで来た。

 村長から聞いていた通りの外見であった。ルークとアルはどちらともなしに頷いた。

「あの岩が厄介だな」

 ルークはつぶやいた。岩を受け、幾人かの村人が犠牲になった、と村長から効いていた。掠めただけで腕や背に火傷を負う者がいたという話であった。

 アルも頷きながらも、歩を進めた。

「だが距離は遠くない。二馬身程度だ――私が行く」

 歩きながら、アルはロデムの峰を撫でた。刀身の青が輝く。アルの構えは、人に対するそれとは異なった。ロデムをだらりと手から下げるように、静かに近づく。

 魔剣を携えた放浪の鷹に気づいた魔物は背に付いた眼を瞬きさせた。

 それは僅かの間であった。背が震える。

 風を切る幾つかの音がした。魔物から岩が飛び出したのだ。

 蒸気を上げる岩の数々が、迫ってくる中、アルの動きは、苛烈では無かった。静かにロデムを前面に振った。

 幾つかの氷の塊がアルの前にできあがる。氷塊は岩とぶつかり、溶けた。岩の軌道を反らせることが出来た。

 アルは足を止めた。魔物と彼の距離は二馬身と半分であった。その場で振り上げたロデムを、振り下ろした。

 魔剣の青の軌跡が宙に残る。氷塊が作られる。氷は矢じりの輪郭を作り、魔物へと飛ぶ、当たる。

 幾つもの氷塊は直線に飛んだ。魔物の硬い殻に当たり、跳ね返るが、傷を作る。その傷に再び氷塊が当たる。弾ける。

 ルークはアルの背を見ながら、感嘆の思いを禁じ得なかった。クフィヤトに対する怒りが、僅かに芽生えた瞬間でもあった。怒りは焦りを生みかけたが、戦場での経験が押しとどめた。

 一つの氷塊が魔物の硬質の皮膚を吹き飛ばした。それが契機であった。アルがつぶやく。

「そこか――」

 ロデムがきらめいた。鋭い突きを放っていた。エスクリムにも似た突きが、一きわ大きな氷塊を生み出した、飛んだ。魔物の剥がれ、糜爛した皮膚へと。

 しかし、攻撃はアルばかりでは無かった。

 魔物が硬質の皮膚のすぼまりをアルにむけていた。すぼまりの穴が小さくなる。

 岩が飛び出した、一直線に飛ぶ。

 アルがうめきを上げた。先ほどの放物線を描く岩の挙動とは明らかに異なっていた。

 ルークは彼の許へ駆け寄ろうとしたが、鋭い制止の声をアルは上げた。

 咄嗟にロデムを地に突き刺す。氷壁がアルの前方に作られる。岩が壁にぶち当たる。

 だが、氷の壁はひび割れた、破壊された。勢いを殺したとはいえ、アルの肩に当たった。

 アルの体がきりもみをして宙を舞った。

 ルークは今度こそ駆け寄った。アルは仰向けに地に倒れ、土埃に塗れていた。

 名を呼ぶと、アルは白金の髪を揺らし、頭を押さえた。

 意識があることを確認すると、ルークは安堵の息をつくがすぐに彼を抱きかかえた。右腕を彼の背に、左手をひかがみに回す。

「ルーク、大丈夫だ……」

「だめだ、ふらついている。このままでは共倒れだ。今は一度離れよう」

 ルークは告げ、立ち上がった。口に手を当てるアルを抱え上げたまま、走り出した。魔物が亀と同じく、鈍重であることが救いであった。採掘場の入り口まで

「ルーク、もう大丈夫だ」

 ルークがアルを下ろすと、彼はよろめきながらも、自身の脚で立った。だが、体は傾いていた。右足をやや浮かせながら、アルは顔をしかめた。ルークは彼の右足を見る。

「折れたのか、アル」

「くじいただけだ、軽い」

 アルは鼻から出た血を手のひらで拭った。ルークはなおも魔物に向かおうとするアルの腕を掴んだ。

「アル、待て」

「止めないでくれ」

 アルは首を振ったが、ルークは握った彼の腕を離さなかった。

「私も手伝う――囮になろう」

 ルークはアルの足を見て言った。アルは何事もないように歩いていたが、その歩みはぎこちなかった。

 アルは眉をひそめていたが、ルークは構わずに魔物の足へと目を向けた。

「やつの岩は危険だ。だが、懐に潜り込めばあまり打つ手はない」

 アルは僅かにルークの意図を察したように、両眉を上げた。

「――危険だぞ」

「承知している。だから私がやつの懐に入るまで援護してほしいんだ」

 だが、とアルが言い募ろうとするが、ルークは首を振った。

「頼む。何も出来ないのはつらい――協力してほしい」

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