4話:お前のもみせてくれ……
ルークは村長の裏庭に足を踏み入れた。庭は小さいものであった。領主、貴族が有する庭のように手入れはされていない。野原といっても良かった。所々に手近に使う薬草や香草が植えられ、木の柵で囲まれている。隙間を縫うように野草が生えていた。
観賞の庭ではない、実用の庭であった。
しかし、春の中頃を迎えたそこは、香草と菜花、シロツメクサなどに覆われ彩りと生があふれていた。
花に囲まれて、アルはルークを見つめていた。腕を組み、やや首をかしげている。目は伏し目がちであった。
ルークは筋肉のこわばりをほどこうとした。戦場、兵の間での諍いはよくあることであった。いくら戦功を上げていても、放浪の鷹の中では新参者である自身にとって、多少の荒事は受け入れるつもりであった。それが、不当なもので無い限りは。
アルが腕組みをほどき、口を開いた。
「ルーク、私の剣だが名はロデムという」
腰に下げていた剣を手に取った。ルークに切っ先を向けぬよう、アルは鞘から魔剣を抜いた。
空と同じ青い刀身が陽光に照らされた。大まかな形は、片刃の片手剣であった。軍でも使われる身頃であり、護剣は無い。刀身の色と、尖端がやや膨らんでいることが特徴であった。
「ロデムは氷を生み出す」
短く告げるとアルは空いた左手で、ロデムの峰を撫でた。アルの人差し指と中指は細く長かった。爪の形すら美しい。体毛のなき白き指先が、ロデムの峰を、鍔から上までを、くすぐるように撫でる。アルの指の腹が峰をくすぐる。ロデムが震えた。悦びに震えるように。
刀身の青が一際強くなったように、ルークにはみえた。
「例えばだが――こう使う」
アルがルークに目配せをした。握ったロデムを軽く振るう。ロデムが描く軌跡に、遅れるようにして拳大の氷塊が生み出され、地に落ちた。
ルークは思わず感嘆のうめきを上げた。同時にクフィヤトを恨めしく思った。
「氷の大きさは変えられるのか、アル」
「ああ。庭と言うこともあって小さくしたが、私の意思で大小は変えられる」
ルークはクフィヤトへの思いを強くした。
「深くまで突き刺せば魔物を凍らせることも出来るが、分が悪いから大抵はしない。今作ったような氷を打ち込んでいく」
「物量作戦ということか」
ルークは独りごちた。他の魔剣への興味は、すでにアルのぶっきらぼうな態度の懸念を押し流していた。
「魔物は再生するからな。大体の団員が似たような使い方をする」
短く告げるアルの言葉にルークは得心する。物量で押し、最後にとどめ刺す。再生を持つ魔物にとって有効であることは理屈が通っていた。
ルークはアルを見つめたが、アルは目線を外した。
「アル、聞きたいのだが……使った後に、その、眠気に襲われることはあるのか?」
「眠気はない。ただ使い過ぎると疲れるな。立つのがやっとになる。そしてある程度使えばロデムは眠る」
「眠る――使えなくなると言うことか」
「そうだ」
ルークはクフィヤトを見つめた。ますます恨めしく思った。
思いはアルの言葉で中断される。
「ルーク」
アルはそっぽを向いたまま、口を開いていた。ルークは慌てて彼の横顔を見た。
陽光に照らされた彼の顔は、彫刻にも似ていた。緩やかな弧を描いた鼻梁は黄金の比とも言うべき高さを持ち、唇は薄く薄桃に咲いていた。髭が見当たらないほどきめ細やかな肌は薄く陽光を取り込み、改めて彼の透き通るような肌に気づいた。
「お前のも見せてくれ」
アルの言葉に意図を察しかねた。ズボンを見る。彼の真意に至るには、数呼吸の時間が必要であった。そしてそのことに気づき、愕然とした。
「あ、ああクフィヤトだな」
軍ではそのような嗜好を持つ者も居た。しかしルーク自身はそうではないと理解していた。理解していたはずであった。
魔剣の柄に手をかけ、アルと同じように抜いてみせる。
クフィヤトは、クフィヤトであった。寸分違わぬ斬首剣のなりを見せ、虹に光る紋を、あたりに見せびらかした。
アルの息を飲む音が、ルークの耳に聞こえた。
アルは目を奪われていた。己が剣と異なる太く逞しき、それでいてある種の美しさを持つ剣に。
「すごい――」
アルはルークに近づき、クフィヤトを凝っと見つめた。
「見たことがない」
言葉も僅かだった。腰を曲げ、クフィヤトに顔を寄せたアルは、刃の紋を眺めた。春にもかかわらず、彼の吐息があたり、クフィヤトに呼吸の曇りがつく。美しき顔が、美しき刃紋沿う。
ルークはどことない居心地の悪さを感じた。それを危険性とルークは断じた。
「あまり近づかないでくれ。クフィヤトは切れ味が鋭すぎる」
「ああわかっている」
アルが上目遣いにルークを見た。アルの口から舌が覗く、薄桃の舌であった。アルの顔と魔剣の距離は、彼の舌が刀身を舐められるほどに近くにある。ルークは彼の顔にクフィヤトが当たらぬよう、柄を握りしめ、注意をしていた。
アルはクフィヤトへと視線を移し、しゃがみ込んだ。紫の瞳を刃から動かさぬまま、ルークに聞いた。
「ルーク、クフィヤトの力は、わからないとゾラ宮廷魔道士から聞いていたが、そうなのか?」
「い、いや。クフィヤトの力自体はわかった。魔物を斬ると傷口から花が出る。そして再生はしなくなるんだ」
ルークの眼下にある、アルの瞳が揺らいだ。
「再生をしないだと? すごい――私たちの魔剣とは違う戦いが出来る」
「ただ……力がどう発現するかはわからない」
ルークは同胞に嘘をつく自責を抱えながらも、そう告げた。
アルは短く頷いた。そうか、とだけ告げると立ち上がる。
アルの顔はルークの顔のそばまで来ていた。
春の庭に、中性的な美貌と男の美貌が並ぶ。
「ルーク、大変だったな」
アルはぶっきらぼうにそう告げ、続けた言葉は短いものであった。
「無理はするな。行こう」
ルークは踵を返すアルの背を見つめ、この男に対する認識を、再び新たにした。同時に嘘への自責は重くなった。




