2話:何かを待つ唇
ゾラがルークを連れ立って向かった先は、商業区のなか程にあるタヴェルヌだった。
店の中には木の卓が四つ置かれ、革張りの椅子が四脚、一つの卓を取り囲んでいた。片隅の壁際には暖炉があった。魔石が中に幾つか転がっていたが、魔石に温かみはなく、無色のままであった。奥には緞帳つきの半個室が幾つかある。半個室は緞帳が上げられ、空席であることが示されていた。
ゾラは慣れた様子で駆け寄った店員に半個室を使わせてもらえるよう交渉した。ルークは己の粗野な服装に対する懸念はなくなった。店員の半個室の緞帳がおろされる中、ゾラは幾つかの料理を頼み、ルークにも聞いたが、ルークはただ同じ物を注文した。
先に赤ワインを満たした赤葡萄酒が運ばれると、二人は木杯を軽く掲げた。ルークとゾラが木杯を軽く傾けるうちに、にこやかな店員が入れ替わり立ち替わり、黒パンやゆでた腸詰め、春野菜の酢漬けを卓に並べていく。
ルークは先にクフィヤトについて口を開いた。しかし、先に腹に入れるようゾラに告げられ、腸詰めに手を伸した。食するうちに手は止まらなくなり、流し込むように皿の上を開け始める。
ゾラは黒パンの欠片を口に運びながらルークの様を見つめていた。瞳には面白げな色があった。
「やっぱり力仕事をされる方は食べっぷりが違いますね」
ゾラの言葉は淡々としたものであったが、赤葡萄酒は青白い頬に紅をつけていた。
「すまない。ついつい」
「良いんですよ。朝からお疲れのようですし」
ルークは赤葡萄酒で口を湿らせ、改めてゾラを見ると、ローシャでの出来事をかいつまんで話し始めた。
ゾラはルークの口から語られるクフィヤトの異能に顎に手を当て、赤葡萄酒の水面を見つめた、眉は僅かながらひそめられていた。
「鍔に色が付き、今度は百合が出た」
おうむ返しにルークの言葉を口の中で転がすと、ゾラはルークを見返した。
「しかも、花に変わる傷口――魔物の大半は再生の力を持っています。切れ味と併せて考えると、花に変えるのがクフィヤトの力とみて間違いないですね」
ゾラは微笑み、皿にのるチーズを口に含んだ。赤葡萄酒を軽くあおり、青白い喉元がさらけ出される。首は痩せていた。細く、手折られる野花のような趣を持ち、思わず手に触れてみたくなる、力一杯むしゃぶりつけば壊れてしまいそうな妖しさを伴っていた。
顎というとばりがガラス細工の首を隠した。ゾラはルークに再び顔を向けると、
「やりましたね。ルーク」そう語ったが、ルークの顔は晴れない。
「だが、力を発するにはもう一つ手順がありそうだ」
ルークの言葉にゾラは眉尻を提げた。アルコールのためか目元が緩み、瞳は潤みを保っていた。
「ええ――それに、どうやれば鍔に色が付くかも、検証の余地がありますね」
ゾラの言葉に、ルークは肩をふるわせた。考えはあったが、ゾラには告げていなかった。同僚への罪悪感を隠すように、葡萄酒を呷った。
「ルーク、今は鍔に色が付いていないんですね?」
「あ、ああ。使うと消えるのだと思う」
「都度なにがしかを貯めないといけないわけですか――」
考え込む時のくせなのか、ゾラが幅の狭い唇をすぼめた。
「全く断定は出来ないが――」と前置きをしてから、ルークは
「薔薇と百合ではクフィヤトの力が使えた時間も、違う気がする」
ますますゾラは唇をすぼめた。厚みのある唇が何かを待つように、店内の明かりで光った。平服のゾラは、七分の麻の白シャツに、膝まであるスカートを纏っていた。開襟のシャツは第一ボタンまで留められている。しかし今、ゾラの指先は動いていた。無意識にか、宵によるものなのか、第一ボタンが外される。鎖骨が外気にさらされる。王宮魔導院のようなデコルテが出るほどの服とは趣が異なった。
そしてルークは発見した。
ほくろ。鎖骨に、慎ましやかなほくろがあった。ゾラという青白いキャンバスに描かれた一点の染みは、夜に輝く星とは色彩を逆にした。しかし星もほくろも眼を吸い込ませるのに十分な輝きを持っていた。
ルークの視線を中断させたのは、天井からの僅かな足音であった。
ルークは視線を上方に向けた。ああ、とゾラが声を上げる。
「ここは宿もやっているんですよ。食事付きで泊まることも出来ます」
頬杖を突いたゾラの視線は、期せずして流し目となっていた。
ルークは魔剣について考えようとした。しかしゾラの言う宿が頭から離れなかった。宿、泊まる。何故ゾラは同じ言葉を二度言ったのだ。ルークは真意を測ろうとする己に気づきかけたが、ゾラの言葉に、全ては断たれた。
「まだ、わからないことだらけですね。でも、次の討伐がクフィヤトの解明につながるかも」
「……というと?」
「私からも頼んでおいたのです。次は他の放浪の鷹とともに討伐に行けるように調整をしたんです」
「ほんとうかっ」
ルークは僅かに身を乗り出した。僥倖であった。ルークは我知らず微笑んだ。
「ありがとう、ゾラ」
「当然ですよ。むしろ――この程度しか手伝えずに、申し訳ありません」
「気にすることなど何もないだろう」
「三代目団長の調査も進めているのですが、今のところは、本当に手がかりが少なく」
ゾラが眉をひそめた。ルークは身を乗り出したまま、努めて明るく笑って見せた。
「わかった範囲でも良い、教えてくれないか」
ええ、でも本当に僅かなんです、と
「人柄や英雄性が多く記述されておりますね。団長は豪放磊落、面倒見が良い……それに、お付きの者をつれていたとか」
「お付きの者」思わずルークはオウム返しにつぶやいていた。ゾラが首をかしげ、ルークを見つめる。
「ええ、細身の少年を可愛がっていた、と。従者として連れていたようですね。魔物と戦いはしないのですが、任地までは連れて行っていたとか」
ルークは息を飲んだ。目を泳がせるルークを見る、ゾラの瞳は訝しげであった。だが、ルークには気にする余裕はなかった。
言葉に出さぬよう、ようよう注意をして、ルークは口の中でつぶやいていた。
――どういうことだ。




