一つの力
七か国が連邦化に向けた基本合意を発表してから、二年が過ぎた。その間に、連邦を作るための準備が進められた。共同市場はさらに広がり、関税はほぼなくなった。国境での手続きも簡略化され、企業は以前より自由に国境を越えて活動するようになった。人々も仕事や勉強のために別の国へ移動することが当たり前になり始めていた。
道路、港、電力、通信も共同で整備された。最初はそれぞれの国が別々に進めていた計画だったが、七か国でまとめた方が早く、費用も抑えられる。共同体として動く意味を、各国の人々も少しずつ実感していた。
そして最後に残ったのが、政治の仕組みだった。
七か国の代表が集まる。
「経済はつながった」
「インフラもつながった」
「人の移動も変わった」
「安全保障についても協力できる」
一人の代表が資料を閉じた。
「それでも、今の共同体には限界があります。大きな問題が起きるたびに、七か国が集まって話し合う。決定まで時間がかかりすぎる」
別の代表が頷いた。
「共同で動くための政府が必要です」
会議室が静かになった。
ヴィクターは七か国の地図を見る。
「連邦にする」
短い言葉だった。しかし、それはこの数年間で初めて明確に決められた未来だった。
「ただし、七つの国を消すわけではない。それぞれの国には、それぞれの歴史がある。文化も違う。言葉も違う。それを一つにする必要はない」
「各国の政府も残す。議会も残す。地方行政も、それぞれの国が決める。その上で、一国ではできないことを連邦でやる」
外交。共同市場。広域インフラ。エネルギー。連邦全体の金融政策。人の自由な移動。そして、七か国全体に関わる問題。
「これらは、連邦で決める」
その仕組みを作るため、七か国は連邦憲章の作成を始めた。
協議は長く続いた。どこまで連邦へ権限を渡すのか。各国の政府は何を残すのか。小さな国の意見が、大きな国に埋もれないためにはどうするのか。簡単には決まらなかった。
そこで、ヴィクターは一つの案を出した。
「七カ国評議会を作る」
代表たちが顔を上げる。
「各国から一人ずつ、代表を出す。七人全員が、連邦の重要な決定に関わる」
「国の大きさや人口だけで決めない。一つの国が、他の国を押し切ることもできない」
一人の代表が聞いた。
「では、議会はどうする?」
「連邦議会も作る。ただ、最初に連邦を支えるのは七カ国評議会だ」
評議会は各国の利益を調整し、連邦政府の重要な政策を審議する。そして、連邦そのものの方向を見失わないようにする。
「誰か一人が連邦を自分のものにしてはいけない」
ヴィクターの言葉に、会議室が静かになった。
「この連邦は、俺が作ったものではない。七つの国が、自分たちで選んだものだ」
やがて、連邦憲章が完成した。
各国の議会で承認が始まる。国民投票を行った国もあった。反対する者もいた。自分たちの国が小さくなると考える者。連邦政府が力を持ちすぎることを恐れる者。それでも、多くの人々はこの数年間を見ていた。
国境が開いた。仕事が増えた。道路がつながった。電力が安定した。以前なら遠かった隣国が、今では仕事や勉強へ行く場所になっている。
七か国すべてで、連邦化が承認された。
そして、連邦成立の日。
七つの国旗が並んだ。その中央に、新しい連邦旗が掲げられる。各国の代表が集まる中、ヴィクターは壇上に立った。
「今日から、我々は一つの連邦として歩き始める」
会場が静かになる。
「だが、七つの国はなくならない。違う文化を持ち、違う言葉を話し、それぞれの歴史を持つ。それでも、一緒に未来を選ぶことはできる」
拍手が起きた。長い拍手だった。
こうして、七か国による連邦が成立した。
その直後、初代連邦大統領を決める会議が開かれた。
「候補者は?」
短い沈黙があった。そして、一人の代表が立ち上がった。
「ヴィクター・ヘイルを推薦します」
別の代表も頷く。
「異議はありません」
「私もです」
七か国の代表が、一人ずつ同じ意思を示した。
ヴィクターはしばらく黙っていた。
「俺でいいのか?」
一人の代表が笑った。
「あなたが聞きますか? 最初に隣国へ行ったのはあなたです。最初に共同市場を作ったのもあなたです。この七か国を、同じテーブルにつかせたのも、あなたでしょう」
ヴィクターは何も言えなかった。
戦場から始まった自分の人生。国を立て直し、隣国と話し、国と国をつないできた。気がつけば、七つの国が自分を見ている。
「分かった」
ヴィクターは立ち上がった。
「やる」
こうして、ヴィクター・ヘイルは初代連邦大統領に就任した。
しかし、それで終わりではなかった。
七カ国評議会の初代議長も決めなければならない。
ヴィクターは、その席に自分の盟友を推薦した。
盟友が顔を上げる。
「俺?」
「ああ」
「冗談だろ」
「冗談じゃない」
ヴィクターは答えた。
「お前は、俺に賛成するだけじゃない。間違っていたら止める。だから必要だ」
盟友は黙った。
昔、戦場で出会った。ヴィクターより年上で、ヴィクターより多くのことを知っていた男。その男は、今も変わらずヴィクターの隣にいる。
「俺でいいのか?」
今度は盟友が聞いた。
ヴィクターは少し笑った。
「お前が聞くな」
会議室に、小さな笑いが起きた。
その後、七か国の代表による投票が行われた。
結果は、満場一致だった。
盟友が初代七カ国評議会議長に選ばれた。
ヴィクターが連邦を前へ進める。盟友が七つの国の声をまとめる。そして、その二人を支えるように、エリアスが連邦政府の中枢へ入った。
三人は、再び同じ場所に立っていた。
戦場では、数人の仲間だった。今は、七か国をまとめる立場になっている。
ヴィクターは、新しく掲げられた連邦旗を見た。
「変わったな」
盟友が隣に立つ。
「ああ」
「昔なら、こんなこと考えもしなかった」
「考える余裕もなかったからな」
エリアスが笑う。
「今は?」
ヴィクターは少し考えた。
「今もない」
二人が笑った。
だが、ヴィクターはすぐに真剣な顔へ戻る。
「連邦は作った。次は、強くする」
盟友が聞く。
「どうやって?」
「経済だ」
ヴィクターは答えた。
「人が自由に動く。企業が育つ。研究者が集まる。道路と港がつながる。それを全部、連邦の力にする」
「世界の中で、自分たちの意思を持てるようにする」
その頃、日本では黒崎が庭の土をならしていた。
美咲がニュースを見ている。
「連邦、できたって」
「そうか」
「ヴィクター・ヘイルって人が初代大統領になったみたい」
黒崎は少しだけ画面を見る。
そこには、黒髪で青い目の青年が映っていた。
黒崎は、ほんの一瞬だけ首を傾げた。
「……どこかで見たことある気がするな」
「そう?」
「ああ。でも、気のせいか」
黒崎はすぐに庭へ目を戻した。
過去に一度だけ、遠い国の視察先で二人は顔を合わせていた。言葉は交わしていない。名前も知らない。だから、今ニュースに映る青年があの時の人物だとは、黒崎には分からなかった。
そして、ヴィクターもまた、遠い昔に会議室ですれ違った一人の日本人が黒崎恒一だったことを、まだ知らない。
世界には、アメリカがある。中国がある。そして、新しく生まれた七か国の連邦がある。
世界の力関係は、この日から大きく変わり始めた。




