四人
翌朝。投資会社「黒崎」から、日本政府へ連絡が入った。
「面会の件ですが」
外交担当者が、ヴィクターに報告する。
「四人のエキスパートが、大統領との面会に応じるそうです」
「四人?」
「はい。投資会社『黒崎』の実務を担当している四人です」
ヴィクターは頷いた。
「分かった。会おう」
その日の午後。政府が用意した会議室に、四人のエキスパートが入ってきた。
大きな会社の代表団ではない。秘書も、付き添いもいない。そこにいたのは四人だけだった。
ヴィクターは立ち上がる。
「来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ」
四人が挨拶をする。
全員が席についた。
「まず確認したいことがあります」
ヴィクターが口を開く。
「あなた方は、黒崎恒一氏の代理人ですか?」
「代理人という表現は、少し違います」
一人が答えた。
「我々は、黒崎との窓口です」
「具体的には?」
「情報を集めます。分析します。必要だと思ったことを黒崎へ報告します」
「そして?」
「黒崎が判断することもあります」
「ことも?」
「最近は、ほとんどありません」
ヴィクターが四人を見る。
「黒崎から、何か指示を受けている?」
「特にありません」
「投資については?」
「何も求められていません」
「資本を増やせとも?」
「言われていません」
「利益を出せとも?」
「ありません」
「投資先を増やせとも?」
「ありません」
ヴィクターは少し黙った。
「では、あなた方は何のために動いている?」
四人の一人が答えた。
「我々が必要だと思っているからです」
「黒崎に頼まれたわけではない?」
「ありません」
「黒崎から、何かを求められているわけでもない?」
「はい」
別の一人が続ける。
「黒崎は、我々に仕事を命じているわけではありません。資本を増やせとも言わない。会社を大きくしろとも言わない。利益を最大化しろとも言わない」
「では、なぜ続けている?」
「我々自身が、まだやる意味があると思っているからです」
ヴィクターは黙って四人を見た。
黒崎から何も求められていない。
それでも。
四人は仕事を続けている。
そして。
その結果として、世界中の企業が動いている。
「黒崎は、投資そのものをやめたわけではない?」
「いいえ」
「では、なぜ何も求めない?」
「分かりません」
四人の答えは、驚くほど簡単だった。
「我々にも、黒崎の考えていることをすべて理解できているわけではありません」
ヴィクターは少し考えた。
「あなた方は、黒崎をどう見ていますか?」
四人は、しばらく黙った。
「投資家です」
「それだけ?」
「我々から見れば、それだけです」
「世界を支配したい人間では?」
「少なくとも、そういう話をされたことはありません」
「政治家になりたいとも?」
「ありません」
「企業を大きくして、自分の名前を広めたいとも?」
「それもありません」
ヴィクターは資料を見る。
世界中の企業。
資本関係。
投資。
買収。
インフラ。
エネルギー。
半導体。
通信。
物流。
それだけのものが動いている。
なのに。
その中心にいる男は。
もう何かを求めてすらいない。
「黒崎氏は、我々の国について何か言っていますか?」
「特にありません」
「投資を増やせとも?」
「ありません」
「減らせとも?」
「ありません」
「では、我々について何も求めていない?」
「はい」
ヴィクターは、ゆっくり頷いた。
「分かった」
そして。
最後の質問をする。
「黒崎氏は、私と会う気があると思いますか?」
四人が顔を見合わせる。
「それは、我々にも分かりません」
「ただ、確認することはできます」
「では、確認してほしい」
「分かりました」
ヴィクターは頷いた。
「急がなくていい」
「はい」
「彼が会いたくないなら、それでも構わない」
「そのように伝えます」
会談は、それで終わった。
四人が立ち上がる。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ」
四人が部屋を出ていく。
扉が閉まる。
ヴィクターは、しばらく黙っていた。
「どう思います?」
若い参謀が聞く。
「分からない」
ヴィクターは正直に答えた。
「ただ、一つ分かった」
「何です?」
「黒崎は、もう何かを求めているわけじゃない」
盟友が言う。
「それなのに、周りは動いている」
「ああ」
ヴィクターは、机の上の資料を見る。
「それが一番気になる」
一方。
投資会社「黒崎」では。
四人が戻っていた。
「面会の内容を報告しましょう」
「ああ」
報告書が作られる。
相手。
ヴィクター・ヘイル大統領。
質問内容。
黒崎について。
そして。
今回、実際に会ったヴィクターについても記録する。
「大統領は、かなり慎重な人物でした」
「こちらの話を、最後まで聞いていました」
「権力を見せつけるような態度もありませんでした」
「ただ、意志は強いと思います」
四人は、報告書にそれをまとめた。
そして。
最後に。
『ヴィクター・ヘイル大統領は、黒崎恒一氏との面会を希望しています』
その報告書を、黒崎へ送った。
その頃。
黒崎は、自宅の庭にいた。
スマートフォンに通知が入る。
黒崎は画面を見る。
四人からの報告だった。
しばらく読み進める。
そして。
ある一文で、目が止まった。
『黒髪で青い目の、好青年という印象です』
黒崎は。
少しだけ眉を動かした。
「……黒髪で、青い目?」
その言葉を。
もう一度読む。
なぜか。
どこかで見たような気がした。
だが。
思い出せない。
黒崎は、報告書を閉じた。
ヴィクター・ヘイル。
名前を見ても。
顔は浮かばない。
ただ。
黒髪と青い目という特徴だけが。
妙に残った。
その頃。
ヴィクターは、日本を離れる準備をしていた。
まだ。
黒崎本人とは会っていない。
だが。
四人とは会った。
そして。
黒崎には、正式な面会要請が届いた。
二人の間に。
初めて。
直接つながる道ができた。
それでも。
黒崎は。
まだ返事をしていなかった。




