面会要請
日本訪問の日程は、予定通り進んでいた。
ヴィクターは、日本政府との首脳会談を終え、経済協議や共同声明についての打ち合わせにも出席した。今回の訪日は、両国の外交関係を深めるための正式なものだった。
その日程の中に、一つの企業との面会が組み込まれていた。
東方カンパニー。
ヴィクターは、指定された会議室へ入った。
そこには、東方カンパニーの経営陣が待っていた。
「ようこそ」
「ありがとうございます」
形式的な挨拶を交わす。
だが、相手の態度は、一般的な企業経営者とは少し違っていた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
経営陣の一人が、資料を閉じる。
「こちらも予定がありますので、手短にお願いします」
ヴィクターは、少しだけ相手を見る。
「分かりました」
普通なら、相手が大統領であれば、もう少し低姿勢になる。
しかし、東方カンパニーは違った。
彼らにとって、国家は重要な取引相手ではある。
だが、自分たちもまた、世界の産業を支える側だという自負があった。
「我々は政府の下請けではありません」
別の経営陣が言った。
「むしろ、政府の方が我々を必要としている場合もあります」
ヴィクターは否定しなかった。
実際、その通りだった。
電力。
資源。
半導体。
通信。
物流。
インフラ。
東方カンパニーと、その関連企業は、ヴィクターの国にも深く入り込んでいる。
「それについて聞きたい」
ヴィクターが言った。
「我が国にある東方カンパニー関連の事業についてです」
「投資先は多岐にわたります」
「すべて把握していますか?」
「すべて?」
経営陣が、わずかに笑った。
「我々が直接経営している会社だけでも相当な数です。そこから先の投資先まで、すべて把握する必要がありますか?」
「つまり」
ヴィクターは資料を見る。
「東方カンパニー自身が知らない企業もある」
「当然あります」
「なぜ?」
「我々は、世界中の企業に資本を投じています」
「その企業が、さらに別の企業へ投資することもある」
「それは、我々の命令ではありません」
ヴィクターは黙った。
まさに、報告書にあった通りだった。
東方カンパニーの下に。
さらに企業がある。
その下にも企業がある。
そして、その先には、東方カンパニー自身も把握しきれない企業が存在する。
「では」
ヴィクターは、次の質問をした。
「黒崎という人物について知りたい」
部屋の空気が、少し変わった。
「黒崎?」
「はい」
「我が社の筆頭株主です。それは公になっている事実です」
「私も知っています」
ヴィクターは、経営陣を見る。
「私が聞きたいのは、株主としての情報ではありません」
「彼は、どんな人物なんですか?」
経営陣は、しばらく黙っていた。
「正直に言います」
一人が答えた。
「我々も、彼のことをすべて知っているわけではありません」
「彼から頻繁に指示が来るわけでもない」
「経営について細かく口を出すこともありません」
「では、なぜここまで大きくなった?」
「会社は会社として判断してきたからです」
その答えは、ヴィクターが予想していたものとは少し違った。
「黒崎が、すべてを動かしているわけではない?」
「少なくとも、我々はそう認識しています」
「では、彼は何をしている?」
「投資をしている」
「それだけ?」
「それ以上のことは、我々には分かりません」
ヴィクターは、しばらく考えた。
「本人と話すことはできますか?」
経営陣が顔を見合わせる。
「直接は無理です」
「なぜ?」
「黒崎には、窓口があります」
「窓口?」
「投資会社『黒崎』です」
一枚の資料が、机の上に置かれた。
「そこに四人のエキスパートがいます」
「黒崎との連絡は、基本的に彼らを通します」
「その四人なら、黒崎に話を通せる?」
「確認はできます」
「会うことも?」
「それは黒崎次第です」
ヴィクターは頷いた。
「では、その四人と会いたい」
「分かりました」
数日後。
ヴィクターは、投資会社「黒崎」の四人のエキスパートと面会した。
大きな会社ではなかった。
専用の受付もない。
大勢の社員がいるわけでもない。
そこにいたのは、四人だけだった。
「我々が、黒崎との窓口です」
四人のうち一人が言った。
「あなた方が、すべてを管理している?」
「いいえ」
「黒崎の投資判断を?」
「それも違います」
「では、何をしている?」
「情報を集めます」
「分析します」
「必要な案件を黒崎へ報告します」
「そして、黒崎の判断を受けて動きます」
ヴィクターは四人を見る。
人数は少ない。
だが。
自分が調べてきた巨大な資本の流れを考えれば、その存在は無視できなかった。
「黒崎は、どんな人間ですか?」
四人は、すぐには答えなかった。
「我々にも分からない部分があります」
「分からない?」
「ええ」
「長く一緒にいるんだろう?」
「長いです」
「それでも?」
「それでもです」
一人が答えた。
「黒崎は、自分から多くを語る人間ではありません」
「投資についても、細かい命令はほとんどしない」
「ただ、時々、一言だけ言う」
「それで?」
「我々が動くことがあります」
ヴィクターは、その言葉を聞いて黙った。
少しだけ。
奇妙な人物だと思った。
「私から、黒崎本人への面会を申し込みたい」
四人が顔を見合わせる。
「正式な要請として受け取ります」
「お願いします」
「黒崎に伝えます」
「いつ会える?」
「分かりません」
「黒崎が決めます」
ヴィクターは頷いた。
「分かりました」
それ以上、急かすことはしなかった。
面会を終える。
ヴィクターは、建物を出た。
結局。
黒崎本人には会っていない。
だが。
その名前に、一歩近づいた。
日本政府との会談でも。
東方カンパニーとの面会でも。
その先にいたのは。
一人の投資家だった。
会社を経営しているわけでもない。
政治家でもない。
軍人でもない。
それなのに。
自分の国の電力。
資源。
通信。
物流。
半導体。
インフラ。
そして。
世界中の産業にまで。
その資本の痕跡がある。
ヴィクターは、車の窓から日本の街を見ていた。
「黒崎恒一……」
小さく名前を口にする。
まだ。
どんな人間なのか分からない。
ただ。
一つだけ分かった。
会わなければ。
この疑問は終わらない。
一方。
日本の別の場所では。
四人のエキスパートが、黒崎への報告を準備していた。
面会要請。
相手。
目的。
場所。
すべてを簡潔にまとめる。
最後に。
『ヴィクター・ヘイル大統領から、面会を希望されています』
そう書いた。
四人のうち一人が、報告書を閉じる。
「これを伝えよう」
「ああ」
その頃。
黒崎は。
何も知らず。
自宅の庭で。
土をならしていた。




