東の影
ヴィクターが大統領に就任してから、しばらくの時間が過ぎた。
最初の頃は、やることが多かった。行政の整理、地方への予算配分、道路や病院の復旧、軍の再編。そして、隣国との関係改善。大統領になったからといって、国が突然変わるわけではない。ヴィクターは一つずつ問題を片づけていった。
そんなある日。
大統領府で、一つの資料に目が止まった。
「……東方カンパニー?」
経済関係の報告書だった。
国内の電力供給。通信網。港湾設備。物流。資源開発。半導体関連施設。建設。金融。医療。農業。水道。
ヴィクターは、ページをめくった。
また。
東方カンパニーの名前が出てくる。
別の資料にも。また別の資料にも。
「これもか?」
担当者が答える。
「はい」
「この会社は?」
「東方カンパニーの関連企業です」
「こっちは?」
「出資先です」
「これは?」
「子会社の子会社になります」
ヴィクターは黙った。
資料を並べていく。
一つの企業ではない。
東方カンパニーを中心に、子会社、関連会社、出資先、買収した企業、共同事業、さらにその先の企業。
複雑なつながりが、この国の産業のいたるところに広がっていた。
「……いつの間に」
担当者は答えなかった。
ヴィクターは、自分の国の地図を見る。
発電所。港。道路。通信設備。工場。病院。
重要な施設のいくつかに、東方カンパニーと、その関連企業が関わっている。
しかも、単純に一社が所有しているわけではない。複数の企業を経由しているものもある。
「これを、全部把握しているのか?」
「正確には、政府でも完全には把握できていません」
ヴィクターは、資料を閉じた。
東方カンパニーという会社を、これまで何度も見てきた。復興にも関わっていた。電力にも関わっていた。産業にも関わっていた。
だが。
ここまでとは思っていなかった。
「東方カンパニーの本社は?」
「日本です」
「日本か」
ヴィクターは、しばらく考えた。
「一度、経営陣と話したい」
担当者が顔を上げる。
「東方カンパニーとですか?」
「ああ」
「何について?」
「この国への投資について。それと、これからの事業について聞きたい」
ヴィクターは、資料を見る。
「ここまで関わっている企業なら、直接話を聞いておきたい」
その数日後。
日本政府から、公式訪問の招待が届いた。
両国の関係は、以前より大きく改善していた。貿易。エネルギー。インフラ。安全保障。経済協力。話し合うべきことはいくつもある。
ヴィクターは、その招待を受けた。
「日本へ行く」
外交担当者が予定を確認する。
「首脳会談があります」
「ああ」
「その後、経済関係者との会談。さらに企業との意見交換も予定されています」
「分かった」
ヴィクターは、一枚の資料を差し出した。
「ここに東方カンパニーとの面会を入れられるか?」
外交担当者が資料を見る。
「……調整してみます」
日本政府との調整が始まった。
首脳会談。
経済協議。
共同声明。
企業関係者との意見交換。
そして。
東方カンパニーとの面会。
数日後。
「面会が決まりました」
報告を受けたヴィクターは、頷いた。
「分かった」
「東方カンパニー側も了承しています」
「そうか」
ヴィクターは、窓の外を見る。
日本へ行く理由は、一つではない。
国として話すことがある。
経済について話すこともある。
外交についても話す。
その中の一つとして。
東方カンパニーと会う。
それだけだった。
だが。
ヴィクターにとっては。
その会社との会談が、一番気になっていた。
数日後。
政府専用機が、日本へ向けて飛び立った。
機内には、ヴィクターのほか、外交担当者、経済担当者、軍関係者らが乗っている。
ヴィクターは、資料を開いた。
東方カンパニー。
その名前の下には。
いくつもの企業名が並んでいる。
「……一体、何者なんだ」
その問いに。
まだ答えはなかった。
やがて。
飛行機が日本へ近づく。
窓の外に。
日本の街が見えてきた。
ヴィクターは。
静かに資料を閉じた。
これから。
東方カンパニーの経営陣と会う。
そして。
その会社の背後にいるものについて。
少しでも知るつもりだった。




