選挙
大統領選挙が始まった。
候補者は二人。一人は33歳のヴィクター・ヘイル。もう一人は、長年政治と行政に携わってきたベテランだった。
経験では、圧倒的に相手が上だった。ヴィクターには、国政を任せるには若すぎるという声もあった。
「33歳で大統領?」
「戦場では経験がある。だが、国を動かすのは戦争じゃない」
そんな批判が、連日のように出ていた。
対するベテラン候補は、安定を訴えた。
「急激な変化は必要ありません。これまでの制度を守りながら、国を発展させます」
経験と安定。それが相手の強みだった。
一方、ヴィクターは派手な公約を掲げなかった。農村へ行く。工場へ行く。病院へ行く。学校へ行く。そこで人々の話を聞く。
「何を変えたいですか?」
ヴィクターが聞く。
「仕事が欲しい」
「道路を直してほしい」
「病院を増やしてほしい」
「子供たちに学校へ行ってほしい」
ヴィクターは、一つずつ聞いた。
「分かった」
それだけだった。
大きな約束はしない。できないことを、できるとは言わない。ただ、必要なものを一つずつ進める。それがヴィクターの選挙だった。
選挙戦が進むにつれて、支持は少しずつ伸びていった。
だが、ベテラン候補も強かった。長年築いてきた政治基盤。地方の支持。行政関係者からの信頼。簡単には崩れない。
投票日の直前。最後の世論調査が発表された。
「二人の差は、ほとんどありません」
テレビ画面に数字が出る。支持率は拮抗していた。どちらが勝ってもおかしくない。
ヴィクターは、その数字を見ていた。
「……厳しいな」
盟友が言う。
「ああ」
「勝てると思うか?」
ヴィクターは、しばらく黙った。
「分からない」
そして。
「でも、やることは変わらない」
投票日。朝から全国の投票所に人が並んだ。
ヴィクターも投票を済ませた。その後は、選挙本部で結果を待った。
夜。開票が始まる。
「第一地域、開票率10%」
画面に数字が出る。
ベテラン候補が先行した。
「まだ始まったばかりです」
スタッフが言う。
ヴィクターは黙って画面を見る。
20%。30%。40%。
差は少しずつ縮まった。
「ヴィクターが追いついてきています」
歓声が起きる。
だが、次の地域で再び差が広がった。
「……まだ分からない」
誰もがそう言った。
50%。60%。70%。
ほぼ互角。
そして。
82%。
「ヴィクター、わずかにリード」
選挙本部がざわめく。
だが、90%を超えたところで。
「差が縮まっています」
ベテラン候補が追い上げてきた。
「逆転する可能性があります」
誰も声を出さなくなった。
93%。
差は、ほとんどない。
95%。
さらに縮まる。
97%。
残っているのは、最大都市圏だった。
ここで結果が決まる。
ヴィクターは、画面を見つめていた。
「どうなる……」
盟友が呟く。
開票が進む。数万票。数千票。その差が、少しずつ動いていく。
「ヴィクターが……」
スタッフが息を呑む。
「また、伸びています」
ベテラン候補も追い上げる。
だが。
最後の票が読み上げられた。
画面が切り替わる。
「当選確実」
そして。
「ヴィクター・ヘイル」
「当選」
一瞬、誰も動かなかった。
次の瞬間、選挙本部に歓声が上がった。
盟友がヴィクターを見る。
「勝ったな」
ヴィクターは、すぐには笑わなかった。
「……ああ」
画面には、最終結果が映っている。
僅差だった。国民の半分近くは、別の候補に投票している。
ヴィクターは、その数字を見つめた。
「俺を選ばなかった人たちもいる」
「それでも、全員の大統領にならないとな」
盟友が頷く。
「そうだな」
ヴィクターは、ゆっくり立ち上がった。
戦場から始まった人生だった。地方を歩いた。軍を作った。行政を学んだ。国を支える人間たちと話してきた。
そして。
33歳。
ヴィクター・ヘイルは、ついにこの国の最高責任者となった。
だが、これは終わりではなかった。
むしろ。
ここからが、本当の仕事だった。




