出馬
それから、時間が過ぎた。
革命が終わり、新しい政府ができてから12年。国では、これまでに三度の大統領選挙が行われていた。初代大統領となった歴戦の将軍は、最初の選挙に勝利した。その後も二度の選挙で再選され、三期にわたって国を率いてきた。しかし、憲法では大統領の三選までしか認められていない。次の選挙に出ることはできなかった。
その頃、ヴィクター・ヘイルは33歳になっていた。
戦場にいた頃の青年は、地方行政へ移り、やがて中央政府へ入った。道路、病院、学校、復興、治安、外交。目の前にある問題を一つずつ解決してきた。その名前は、いつの間にか全国で知られるようになっていた。
ある日の夕方。政府の会議が終わり、ヴィクターが資料をまとめていると、盟友が近づいてきた。
「ヴィクター」
「何だ?」
「次の大統領選、出る気はないか?」
ヴィクターの手が止まった。
「……何を言ってる?」
「そのままの意味だ」
「俺は政治家になりたいわけじゃない」
「知ってる」
「なら、なぜ?」
盟友は少し黙った。
「周りが、お前に出てほしいと言っている」
「誰が?」
「地方の連中。軍の人間。行政官。それから、街の人間もだ」
ヴィクターは黙った。
「俺には、まだ早い」
「もう33だぞ」
「年齢の話じゃない」
「分かってる」
盟友は笑わなかった。
「お前が大統領になれるかどうかじゃない。お前に国を任せたいと思っている人間が、増えているんだ」
そこへ、エリアスが入ってきた。
「やはり、ここでしたか」
「お前も知ってたのか?」
「もちろんです」
エリアスは資料を机に置いた。
「各地から、正式に推薦の話が来ています」
「推薦?」
「大統領選に出てほしいという要望です」
ヴィクターは資料を見る。地方行政、復興、道路、病院、学校、国軍、外交。そこには、これまでヴィクターが関わってきた地域の名前が並んでいた。
「……こんなに?」
「はい」
「俺が大統領になって、何をする?」
エリアスが答える。
「今までやってきたことを、国全体でやるんです」
「簡単に言うな」
「簡単ではありません。だからこそ、あなたにやってほしい」
ヴィクターは椅子に座った。
「俺は戦場から始まった」
「ああ」
「行政だって、最初は何も分からなかった」
「でも、今は違う」
盟友が言った。
「お前は、人の話を聞いてきた。地方を見てきた。戦争も知っている。復興も知っている。外交も知っている」
ヴィクターは黙っていた。
「それに、お前は自分のために大統領になりたいと言ってない。だから、みんながお前に出てほしいと思ってるんだ」
しばらく、誰も話さなかった。
ヴィクターは窓の外を見る。首都の街が見える。戦争が終わった頃とは、まるで違っていた。道路が整備され、建物が建ち、店の明かりも増えている。人々が普通に歩いている。それでも、まだ問題は多い。貧困もある。地方格差もある。産業も十分ではない。国境の緊張も残っている。
それでも、少しずつ国は変わっていた。
「……俺が出たら、勝てると思うか?」
「分からない」
盟友は即答した。
「でも、やる価値はある」
「そうだな」
ヴィクターは考え込んだ。
大統領になりたいわけではない。権力が欲しいわけでもない。ただ、今まで自分が見てきた問題を、次の誰かに任せることが正しいのか。それだけが気になった。
その夜。ヴィクターは一人で街を歩いた。市場、道路、住宅街。以前、自分が復興に関わった場所も通った。店の前では人々が話している。子供たちが走っている。遠くでは、新しい建物の工事が続いている。
ヴィクターは立ち止まった。
昔、ここには銃声があった。今は、人の声がある。
「……これを守るのか」
小さく呟いた。
翌朝。ヴィクターは政府庁舎へ向かった。盟友とエリアスが待っている。
「決めた」
「出るのか?」
ヴィクターは頷いた。
「ああ。大統領選に出る」
二人が顔を見合わせる。
「本当に?」
「ああ。勝てるかどうかは分からない。でも、やるだけやってみる」
盟友が笑った。
「それでいい」
エリアスも頷いた。
「準備を始めます」
「頼む」
その日。
ヴィクター・ヘイルの出馬が決まった。
初代大統領の三期目が終わり、国は新しい選択を迫られていた。
そして。
33歳のヴィクターは、その選択肢の一人になった。




