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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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広がる線

隣国との協力協定が結ばれてから、数か月が過ぎた。


 最初は国境監視と情報共有だけだった。ところが、実際に協力を始めてみると、両国が抱えている問題には共通するものが多かった。


 燃料の確保、食料の輸送、港の整備、道路の復旧、密輸対策。単独で対応するよりも、互いに情報を出し合った方が効率がいい。


「共同で輸送網を作れないか?」


 隣国から提案が出た。


 ヴィクターは地図を広げた。


「ここを繋げれば、港から内陸まで一気に運べる」


「その代わり、こちらの道路も整備する必要があります」


「分かってる」


 ヴィクターは地図を指した。


「道路を直す。港も整備する。両方やろう」


 以前のヴィクターなら、軍事や治安のことを中心に考えていた。


 しかし今は違う。


 国を守るためには、道路も必要だった。港も必要だった。燃料も必要だった。経済が止まれば、軍も国民も支えられない。


 ヴィクターは少しずつ、国というものが一つの仕組みで動いていることを理解し始めていた。


 数か月後。


 両国の間で、新しい計画が始まった。


 国境付近の道路を整備し、港と主要都市を結ぶ。物流を簡素化し、必要な物資を互いに融通する。


 まだ大規模な経済圏と呼べるほどではない。


 それでも、人と物の流れは確実に変わり始めていた。


「国境が、少し近くなった気がしますね」


 担当者が言った。


 ヴィクターは笑った。


「国境は動いてないけどな」


「そういう意味ではありません」


「ああ。分かってる」


 ヴィクターは、整備が始まった道路を見た。


 国境という線は地図の上には残っている。


 だが、人の生活は線だけでは分けられない。


 物資が行き来する。


 人が行き来する。


 情報が行き来する。


 それだけで、二つの国の関係は変わっていく。


 その頃。


 日本では、黒崎のもとに新しい報告が届いていた。


「またですか」


 美咲が資料を見る。


「うん」


 黒崎は椅子に座ったまま答えた。


 東方カンパニーが、海外企業へ出資していた。


 エネルギー関連だった。


 しかし、それだけではない。


 港湾設備。


 物流。


 通信。


 素材。


 複数の企業が、東方カンパニーと関係を持ち始めている。


「こんなに広がってるの?」


 美咲が聞いた。


「みたいだな」


 黒崎は資料をめくった。


 自分が直接投資を決めた会社ではない。


 東方カンパニーが、自分たちの判断で投資している。


 さらに、その出資先が別の企業と提携している。


「……もう追えないな」


 黒崎が呟いた。


「追わないの?」


「全部追ってたら、何もできなくなる」


「じゃあ、どうするの?」


「任せる」


 美咲は少し笑った。


「本当に?」


「ああ」


 黒崎は庭を見る。


「会社が自分で判断して成長するなら、それでいい」


 黒崎にとって、それは放置ではなかった。


 必要な時だけ判断する。


 それ以外は、企業に任せる。


 その方が、長く続く。


 黒崎はそう考えていた。


 しかし。


 その結果として、黒崎の資本は本人が把握していない場所へまで広がっていた。


 ある国では、東方カンパニーの出資先が港湾設備を整備している。


 別の国では、その企業と提携した会社が道路建設を始めている。


 さらに別の場所では、その道路を使う物流企業へ別の投資先が資金を入れている。


 一つの投資が。


 別の投資を生む。


 その投資が。


 さらに別の企業を動かす。


 黒崎は、そのすべてを指示しているわけではない。


 それでも。


 最初に置いた資本は、少しずつ世界の中へ入り込んでいた。


 夜。


 黒崎は、美咲と食事をしていた。


「最近、海外が多いね」


「そうだな」


「まだ行くの?」


「行く」


「どこ?」


「次はヨーロッパ」


「何を見るの?」


「企業」


 美咲が笑う。


「やっぱり旅行じゃないじゃん」


「旅行だよ」


「はいはい」


 二人は笑った。


 その頃。


 ヴィクターの国では、隣国との新しい会議が開かれていた。


「次は何をする?」


 隣国の代表が聞く。


 ヴィクターは、しばらく考えた。


「教育だ」


「教育?」


「ああ」


 戦争が終わってから、学校の整備は進んでいた。


 しかし、教師が足りない。


 教材も足りない。


 地域によって教育水準にも差がある。


「両国で教師を交流させる」


 ヴィクターが言った。


「学生も?」


「できるなら」


「大学は?」


「そこまで広げたい」


 隣国の代表は、少し驚いた。


「軍事協力から始まった話が、ここまで来るとはな」


 ヴィクターは答えた。


「国を守るって、武器だけじゃないからな」


 その言葉に、誰も反対しなかった。


 会議の後。


 ヴィクターは一人で外へ出た。


 遠くには、新しく整備された道路が見える。


 その先には隣国がある。


 数年前まで。


 そこは警戒すべき国境だった。


 今は。


 少しずつ、人と物を繋ぐ場所になっている。


 ヴィクターは、その変化を静かに見ていた。


 一方。


 日本では、黒崎の資本がまた一つ動いていた。


 黒崎本人は、そのことを知らなかった。


 東方カンパニーの出資先が、新しい企業への投資を決めた。


 その企業は、数年後に大きく成長することになる。


 そして。


 その企業が次に何を買うのか。


 誰にも分からない。


 ただ一つ。


 確かなことがあった。


 黒崎が何年も前に置いた資本は。


 もう、黒崎の手だけでは止められないところまで育ち始めていた。


 世界の各地で。


 企業が動く。


 人が動く。


 道路ができる。


 港が変わる。


 産業が生まれる。


 その流れのどこかに。


 黒崎の資本が繋がっている。


 本人が知らない場所で。


 静かに。


 確実に。


 線が増えていた。

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