要請
午前二時。
大統領府の照明が。
一斉に点いた。
「(隣国)政府からです」
外交担当者が。
震える手で。
一枚の文書を差し出した。
数時間前。
アメリカ軍が。
(ある国)への軍事介入を開始した。
それに対して。
(ある国)は。
報復として。
(隣国)国内のアメリカ軍基地へ。
ミサイルを撃ち込んだ。
そして今。
(ある国)の部隊が。
(隣国)との国境へ。
移動を始めている。
「正式な協力要請です」
大統領が。
文書を受け取る。
「内容は?」
「国境警備。
防空。
医療。
輸送。
可能な範囲での軍事協力を求めています」
最後の一文を。
外交担当者が読む。
「和平協定に基づく。
相互協力の要請です」
大統領は。
顔を上げた。
「ヴィクターは?」
「向かっています」
それから。
十数分。
扉が開いた。
「遅くなりました」
ヴィクターが入る。
その後ろに。
盟友。
若い参謀も続く。
「座れ」
大統領が言った。
三人が。
席につく。
机の中央には。
隣国から届いた要請書。
誰も。
すぐには手を伸ばさなかった。
「状況は?」
ヴィクターが聞く。
軍の担当者が。
地図を広げる。
「(ある国)の部隊が。
国境へ移動しています」
「規模は?」
「まだ不明です」
「(隣国)の軍は?」
「国境部隊を増強しています」
ヴィクターが。
地図を見る。
しばらく。
何も言わない。
「こちらへの影響は?」
「現時点ではありません」
「現時点では、か」
軍の担当者が。
頷く。
「ただし。
(隣国)側の防衛線が崩れれば。
戦闘地域がこちらの国境へ近づきます」
ヴィクターの視線が。
地図の上を動く。
国境。
主要道路。
港。
都市。
そして。
自国へ続く幹線道路。
「この国境まで。
どれくらいだ?」
「最短で。
数日です」
「難民が出た場合は?」
「数万人規模になる可能性があります」
参謀が。
資料をめくる。
「さらに。
(隣国)を経由している物流が止まります」
「エネルギーも?」
「一部。
影響が出ます」
ヴィクターは。
地図を見つめた。
「つまり。
隣国が戦場になれば。
俺たちも無傷では済まない」
「その通りです」
軍の担当者が答えた。
ヴィクターは。
今度は。
防空網の資料を見る。
「(隣国)の防空能力は?」
「首都周辺はあります。
ただ。
国境地域は薄い」
「ミサイル攻撃が続けば?」
「守り切れない可能性があります」
「だから。
こちらに防空支援を求めてきた」
「はい」
ヴィクターは。
しばらく黙った。
そして。
要請書を手に取った。
「……分かった」
大統領が。
顔を上げる。
「お前はどう考える?」
ヴィクターは。
すぐには答えなかった。
「派兵するべきです」
軍の担当者が。
顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
「戦闘になる可能性があります」
「分かっています」
「兵士が死ぬかもしれない」
「それも分かっています」
ヴィクターは。
地図を指した。
「理由は三つあります」
全員が。
ヴィクターを見る。
「一つ目。
地理です」
「(隣国)が崩れれば。
戦線が。
そのまま俺たちの国境へ近づく」
「二つ目。
防空です」
「今の(隣国)の能力では。
ミサイル攻撃を。
長期間受け続けるのは難しい」
「俺たちが防空を補えば。
戦闘が都市部へ広がる可能性を。
少しでも下げられる」
そして。
「三つ目」
ヴィクターは。
要請書を見る。
「和平協定です」
大統領が。
黙って聞いている。
「俺たちは。
国境を確定しただけじゃない」
「緊急時には。
互いに協力することも決めた」
「今。
向こうから。
正式に助けを求めてきた」
ヴィクターは。
ゆっくり顔を上げた。
「ここで断れば。
次に誰かと約束をしても。
相手は。
困った時に助けてもらえるとは。
思わないでしょう」
盟友が。
静かに頷く。
ヴィクターは。
続けた。
「それに。
俺たちが今。
隣国を守る側に立てば。
(ある国)にも。
この地域で戦争を広げれば。
周辺国まで巻き込むと分からせられる」
参謀が。
顔を上げる。
「抑止ですね」
「ああ」
ヴィクターは。
頷いた。
「撃ち返すためじゃない」
「撃たせないためだ」
会議室が。
静かになる。
大統領が。
聞く。
「それでも。
戦争に巻き込まれる可能性はある」
「あります」
「なら。
なぜ?」
ヴィクターは。
迷わなかった。
「何もしなくても。
戦争が国境まで来る可能性があるからです」
大統領が。
黙る。
「だったら。
自分たちで立つ場所を決めた方がいい」
ヴィクターは。
地図を指した。
「ここです」
「(隣国)の国境線」
「ここを守る」
「それ以上は。
踏み込まない」
参謀が。
整理する。
「つまり。
攻撃作戦には参加しない」
「国境を越えない」
「防空。
国境警備。
医療。
輸送に限定する」
「そうだ」
ヴィクターが答える。
「俺たちから。
戦争を広げることはしない」
軍の担当者が。
資料を見る。
「それなら。
現在の戦力でも。
三日以内に部隊を出せます」
「三日か」
ヴィクターが。
時計を見る。
「もっと早くできないか?」
担当者が。
一瞬黙る。
「二日なら。
先遣隊を出せます」
「それでいい」
大統領が。
口を挟んだ。
「待て」
全員が。
大統領を見る。
「国民はどうする」
ヴィクターが。
答える。
「説明します」
「反発するかもしれない」
「それでも。
説明するしかありません」
「戦争を始めるためではない。
自分たちの国境を守るためでもある」
「そして。
和平で決めた約束を守るためだと」
大統領は。
しばらくヴィクターを見る。
「もし。
国民が反対したら?」
ヴィクターは。
迷わなかった。
「その時は。
俺が説明します」
「お前一人で?」
「俺一人で十分とは思っていません」
ヴィクターは。
隣の二人を見る。
「でも。
俺たち三人が先に立てば。
兵士も。
国民も。
理由を分かってくれると思います」
盟友が。
笑った。
「俺は行くぞ」
参謀も。
資料を閉じた。
「私もです」
大統領が。
小さく息を吐く。
「お前たちは。
本当に似た者同士だな」
誰も。
笑わなかった。
午前四時。
政府は。
派兵方針の原案をまとめた。
午前五時。
軍が。
派遣部隊の選定を開始した。
午前六時。
大統領府から。
国民へ向けた発表が行われる。
『政府は。
(隣国)政府からの要請を受け。
限定的な部隊派遣を決定しました』
続いて。
ヴィクターが。
会見場に立った。
「今回。
我々が派遣する部隊は。
戦争をするための部隊ではありません」
記者たちが。
一斉にペンを動かす。
「国境警備。
防空。
医療。
輸送。
必要な任務に限ります」
「我々から。
戦争を広げることはありません」
記者が。
質問する。
「なぜ。
隣国のために兵士を出すのですか?」
ヴィクターは。
少しだけ間を置いた。
「約束したからです」
「ですが。
戦争に巻き込まれる危険があります」
別の記者が。
続けて聞く。
ヴィクターは。
正面を見る。
「何もしなくても。
戦争が近づいてくるなら。
自分たちで。
守る場所を選びます」
会場が。
静かになる。
「俺たちが行くのは。
攻撃するためではありません」
「国境を守り。
戦争を。
これ以上広げないためです」
「そして。
困った時に助けるという約束を。
自分たちの都合で。
捨てないためです」
その言葉は。
その日のうちに。
国内へ広がった。
街では。
様々な声が出た。
「戦争には。
戻りたくない」
「でも。
隣国を見捨てるのも違う」
「ヴィクターが行くなら。
何のためかは分かる」
「軍だけ行かせるのか?」
「ヴィクターも行くそうだ」
反発は。
まったくなかったわけではない。
だが。
大きな混乱にはならなかった。
国民の多くは。
ヴィクターが。
戦争を望んでいないことを。
知っていた。
兵士たちも。
同じだった。
「ヴィクターも現地へ行くって?」
「ああ」
「じゃあ。
俺も行く」
「怖くないのか?」
「怖いさ」
兵士は。
装備を確認しながら。
笑った。
「でも。
あの人が行くなら。
ついていく」
その言葉が。
基地の中で。
少しずつ広がった。
昼には。
派遣部隊が決まった。
防空部隊。
国境警備部隊。
医療部隊。
輸送部隊。
そして。
ヴィクター。
盟友。
若い参謀。
三人も。
現地へ向かうことになった。
夕方には。
車両への積み込みが始まった。
誰も。
長々と別れを惜しまなかった。
準備する。
確認する。
乗り込む。
ただ。
それだけだった。
出発は。
二日後に決まった。
そして。
二日目の朝。
国軍基地。
車列が。
静かに動き始めた。
基地の外には。
多くの住民が集まっていた。
旗を振る者。
手を合わせる者。
黙って見送る者。
ヴィクターは。
車窓から。
その姿を見ていた。
歓声よりも。
静かな信頼の方が。
大きかった。
盟友が。
隣で言う。
「ずいぶん。
人が増えたな」
「ああ」
ヴィクターは。
後ろを見る。
何台もの車両が。
続いている。
「昔なら。
俺たちだけだった」
「今は違う」
ヴィクターは。
前を向いた。
「国軍だ」
車列は。
国境へ向かって進む。
その頃。
(隣国)では。
政府関係者が。
国境の道路を見ていた。
「来たようです」
遠くに。
車列が見える。
かつて。
敵として戦った国の軍隊。
それが。
今は。
自分たちを守るために。
向かってくる。
ヴィクターが。
車から降りる。
隣国の指揮官が。
歩いてくる。
二人は。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
指揮官が。
手を差し出す。
「来てくれてありがとう」
ヴィクターは。
その手を握った。
「要請を受けた」
それだけだった。
だが。
それで十分だった。
かつて。
この国の兵士と。
自分たちの兵士は。
銃を向け合った。
今。
同じ国境線に。
並んで立っている。
ヴィクターは。
国境の向こうを見る。
まだ。
何も起きていない。
だが。
遠くから。
砲声が聞こえた。
兵士たちが。
一斉に空を見る。
ヴィクターも。
顔を上げた。
和平によって。
閉じたはずだった戦争の扉が。
再び。
少しだけ。
開こうとしていた。




