旅立ちの前に
黒崎。
45歳。
その名前は。
世界の金融市場で。
少しずつ。
知られるようになっていた。
半導体。
AI。
宇宙。
防衛。
エネルギー。
素材。
通信。
ロボット。
黒崎は。
世界中の先端産業に。
資本を置いていた。
土地も。
同じだった。
工場が来る場所。
道路が伸びる場所。
港ができる場所。
新しい都市が生まれる場所。
黒崎は。
まだ何もない場所に。
先に金を置いた。
その結果。
黒崎の名前は。
いつしか。
「魔王」
と呼ばれ始めていた。
本人は。
そんなことを。
知らない。
今日も。
美咲と旅行の計画を立てている。
「次はどこ?」
「シンガポール」
「また投資先?」
「旅行」
「……本当に?」
「本当に」
黒崎は。
そう答えた。
その頃。
遠く離れた国では。
一人の男が。
公用車に乗っていた。
ヴィクター・ヘイル。
38歳。
新政府の幹部。
かつて。
BAと呼ばれていた男だった。
革命軍の兵士。
小隊長。
地域司令官。
そして。
革命後は。
地方行政を担当し。
多くの地域を見てきた。
今では。
政府の中でも。
名前を知らない者の方が。
少なくなっていた。
その日も。
ヴィクターは。
地方視察に向かっていた。
目的地は。
地方都市。
道路整備の状況。
学校。
病院。
工業団地。
農業。
行政機関。
視察する場所は。
いくつもあった。
公用車の隣には。
盟友がいた。
革命の頃から。
ずっと一緒だった男。
戦場でも。
行政でも。
何度も。
同じ道を歩いてきた。
「この町。
前に来たことあったな」
盟友が言った。
「ああ」
「その時は。
道路も酷かった」
「覚えてる」
ヴィクターは。
窓の外を見る。
道路は。
きれいに舗装されている。
沿道には。
新しい建物が増えていた。
「変わったな」
「三年前とは。
別の町みたいだ」
二人は。
しばらく。
黙って景色を見ていた。
最初の視察。
学校。
子供たちが。
新しい校舎で勉強している。
「先生は足りてますか?」
ヴィクターが聞く。
「以前よりは。
かなり改善しました」
校長が答える。
「まだ足りない部分もあります」
「分かりました」
ヴィクターは。
ノートに書く。
次は。
病院。
「医師は?」
「増えました」
「薬は?」
「以前より安定しています」
また。
書く。
工業団地。
企業が。
新しい工場を建てている。
「雇用は?」
「増えています」
「地元の人間は?」
「かなり採用しています」
ヴィクターは。
工場を見ながら。
頷いた。
昔。
この国には。
戦争しかなかった。
今は。
工場が建っている。
学校がある。
病院がある。
道路がある。
人々が。
普通に暮らしている。
それでも。
問題は。
まだ残っている。
農村へ行けば。
「若者が出ていってしまう」
という声がある。
別の町では。
「電力が足りない」
という。
企業の声がある。
さらに。
「病院が遠い」
という。
高齢者の声もある。
ヴィクターは。
一つずつ聞いた。
解決できない問題も。
すぐには。
答えが出ない問題もある。
それでも。
聞く。
そして。
政府へ持ち帰る。
それが。
今のヴィクターの仕事だった。
夕方。
視察を終える。
二人は。
車に戻った。
「どうだった?」
盟友が聞く。
「良くなってる」
「でも?」
「まだ足りない」
ヴィクターは。
窓の外を見る。
「この国は。
ここまで来た」
「ああ」
「でも。
ここから先は。
今までと同じやり方じゃ無理だ」
盟友が。
ヴィクターを見る。
「外を見るか?」
「そうだな」
ヴィクターは。
答えた。
これまで。
二人が見てきたのは。
この国だった。
革命。
戦争。
復興。
行政。
国家の再建。
すべて。
この国の中で。
経験してきた。
それは。
必要な時間だった。
戦場で。
人を知った。
地方行政で。
暮らしを知った。
政府で。
国を知った。
そして。
今。
ようやく。
次を見る時が来た。
夜。
首都へ戻る。
政府の建物。
ヴィクターの机には。
今日の視察資料が。
積まれていた。
ヴィクターは。
一枚ずつ。
目を通す。
そして。
最後のページを閉じた。
「……十分かな」
盟友が聞く。
「何が?」
「この国で。
学べること」
ヴィクターは。
少し考えた。
「まだある」
「だろうな」
「でも」
ヴィクターは。
窓の外を見る。
「そろそろ。
外を見てもいい」
盟友が。
静かに笑った。
「ああ」
その言葉には。
長い時間を共にしてきた者だけが。
分かるものがあった。
この国は。
二人にとって。
故郷だった。
革命が始まった場所。
戦った場所。
守った場所。
そして。
国を作ることを。
学んだ場所。
ここで。
二人は。
十分すぎるほど。
経験を積んだ。
まだ。
世界を知らない。
まだ。
国家を率いる者として。
完成したわけでもない。
それでも。
もう。
ただの地方幹部ではない。
ヴィクター・ヘイル。
その名前は。
この国で。
確かな重みを持ち始めていた。
そして。
その傍らには。
いつも。
盟友がいた。
二人は。
まだ。
旅立ってはいない。
だが。
旅に出るための。
準備は。
もう。
始まっていた。
故郷という。
最初の大地で。
十分に。
経験を積んだ。
ここから先。
二人が向かう場所は。
この国の外。
世界だった。
かつて。
名もない青年だった男は。
今。
ヴィクター・ヘイルという名を持つ。
そして。
その名前を。
知る人間も。
増えている。
まだ。
勇者ではない。
だが。
勇者になるための。
準備は。
整いつつあった。
黒崎が。
世界の産業を。
資本で動かし始めた頃。
ヴィクターは。
ようやく。
故郷の大地を踏みしめ。
その先へ進む準備を。
始めていた。




