魔王
それから。
何年もの間。
黒崎夫妻は。
世界を回った。
旅行をする。
街を見る。
食事をする。
そして。
企業を見る。
土地を見る。
気になるものがあれば。
投資する。
それを。
繰り返した。
最初は。
ほんの少しだった。
一つの企業。
一つの土地。
それだけだった。
だが。
積み重なっていった。
AI。
半導体。
量子技術。
宇宙。
ロボット。
防衛。
エネルギー。
バイオ。
素材。
通信。
精密機械。
航空。
自動車。
工業。
科学。
黒崎の保有する株式は。
いつの間にか。
世界中の先端産業へ。
広がっていた。
ある企業の株主名簿。
また別の企業の株主名簿。
そこに。
黒崎。
という名前がある。
一つなら。
珍しくない。
二つでも。
問題ない。
十社。
百社。
さらに。
その数が増えていく。
しかも。
短期売買ではない。
買ったら。
長く持つ。
企業が成長すれば。
さらに投資する。
研究開発に。
資金が必要なら。
出す。
工場が必要なら。
土地を提供する。
黒崎は。
いつの間にか。
企業の成長に必要なものを。
まとめて持つようになっていた。
土地も。
同じだった。
世界各地で。
有望な土地を。
少しずつ。
取得していく。
一つの国で。
大量に買うわけではない。
都市全体を。
所有するわけでもない。
ただ。
将来。
価値が生まれそうな場所を。
選んで買う。
工業団地の近く。
港の周辺。
空港へのアクセスがいい場所。
新しい鉄道の予定地。
エネルギー施設の周辺。
研究都市の候補地。
黒崎が持つ土地は。
一つ一つ見れば。
それほど大きくない。
しかし。
その土地を。
企業に貸す。
道路ができる。
工場が建つ。
物流施設ができる。
関連企業が集まる。
住宅が増える。
商業施設ができる。
やがて。
街そのものが変わる。
黒崎が所有する土地は。
都市全体から見れば。
ほんの一部だった。
それでも。
その一部が。
街の成長を。
大きく左右することがあった。
ある地方都市では。
黒崎が所有する土地は。
全体の数パーセントにも満たなかった。
それでも。
そこへ。
工場が来た。
物流施設が来た。
研究施設が来た。
企業が集まった。
雇用が生まれた。
人が増えた。
道路が整備された。
駅が変わった。
街の中心まで。
変わっていった。
地元の人間からすれば。
「黒崎が持っている土地なんて。
ほんの少しだ」
最初は。
そう思っていた。
だが。
十年後。
その土地を中心に。
街の形そのものが。
変わっていた。
黒崎は。
それを。
特別なことだとは思っていなかった。
「企業が来ただけだろ」
本人は。
そう言うだけだった。
しかし。
その企業を呼び込むための土地を。
黒崎が持っていた。
その企業へ投資していた。
関連企業にも。
投資していた。
必要な設備を作る企業にも。
株を持っていた。
さらに。
その周辺の土地まで。
持っていた。
一つ一つは。
小さな投資だった。
だが。
全部を繋げると。
一つの産業圏になっていた。
ある日。
金融関係者が。
黒崎の保有資産を。
調べていた。
「……何だ、これ」
画面を見る。
半導体。
AI。
宇宙。
防衛。
エネルギー。
素材。
通信。
ロボット。
次々と。
黒崎の名前が出てくる。
「全部持ってるのか?」
「全部じゃない」
「じゃあ?」
「重要なところに。
いる」
別の資料を見る。
土地。
北海道。
九州。
アメリカ。
ヨーロッパ。
アジア。
その他の地域。
そこにも。
黒崎の名前がある。
「……どうやって。
ここまで」
誰も。
答えられなかった。
黒崎は。
巨大な資産を。
一気に作ったわけではない。
一つ。
また一つ。
将来性があると思ったものへ。
金を置いた。
ただ。
それだけだった。
だが。
積み重ねた結果。
凡人には。
全体像が。
見えなくなっていた。
企業を見る。
土地を見る。
技術を見る。
産業を見る。
国を見る。
そして。
その先を見る。
普通の投資家が。
一つの企業を見ている時。
黒崎は。
その企業を支える産業を見ていた。
その産業を支える土地を見ていた。
その土地を必要とする都市を見ていた。
そして。
その都市が。
十年後。
二十年後。
どうなるかを。
考えていた。
ある日。
海外の金融関係者が。
黒崎について話していた。
「彼は何なんだ?」
「投資家だろ」
「それだけか?」
「……分からない」
しばらく。
沈黙が続いた。
「じゃあ。
何て呼ぶ?」
誰かが。
冗談半分に言った。
「魔王でいいんじゃないか」
笑いが起きた。
最初は。
ただの冗談だった。
しかし。
その呼び名は。
少しずつ。
広がっていった。
日本でも。
海外でも。
「黒崎」
と言えば。
あの投資家だと。
分かる人間が増えていく。
そして。
いつしか。
その後ろに。
一つの言葉が。
付くようになった。
魔王。
黒崎本人は。
そのことを。
知らなかった。
ある夜。
東京郊外のマンション。
いつもの食卓。
「明日。
何時に出る?」
美咲が聞く。
「昼」
「どこ?」
「シンガポール」
「観光?」
「うん」
「会社は?」
「一社だけ」
美咲が。
笑う。
「また?」
「ああ」
子供たちは。
それぞれの生活を。
始めていた。
二人だけの食卓が。
増えている。
黒崎は。
普通に夕食を食べる。
普通にテレビを見る。
そして。
翌日。
普通に旅行へ出る。
その男が。
世界中の先端産業に。
資本を持っていることを。
街の人間は。
知らない。
まして。
その土地の一部を。
黒崎が所有していることも。
知らない。
黒崎は。
ただ。
次の投資先を探していた。
世界地図を。
眺めながら。
「……次は。
どこかな」
美咲が。
隣から。
地図を見る。
「今度は。
本当に旅行だけにしてね」
「努力する」
「絶対しないやつ」
二人は。
笑った。
その頃。
世界の金融市場では。
また。
一つの噂が。
広がっていた。
東の。
魔王。
黒崎。
その名前が。
少しずつ。
世界へ。
広がっていった。




