世界旅行
日本国内では。
もう。
黒崎が。
急いで動く必要はなかった。
滋賀。
北海道。
九州。
黒崎が。
長い時間をかけて。
買い集めた土地には。
工場が建っている。
企業が入っている。
研究施設も。
物流施設も。
増えていた。
土地は。
売らない。
企業へ貸す。
長期契約で。
貸し続ける。
そこから入る賃料だけでも。
十分すぎるほどだった。
株式も。
同じだった。
東方エネルギー。
半導体。
AI。
宇宙。
防衛。
素材。
エネルギー。
黒崎が。
長く持ってきた企業は。
それぞれ成長していた。
黒崎は。
日本地図を閉じた。
「……もう。
日本はいいな」
美咲が。
隣を見る。
「飽きた?」
「そうじゃない」
黒崎は。
世界地図を広げた。
「見てみたい」
「世界を?」
「ああ」
美咲は。
少し笑った。
「旅行?」
「旅行」
「本当に?」
「本当に」
「投資じゃなくて?」
黒崎は。
少し黙った。
「……旅行」
「今の間。
何?」
「何でもない」
こうして。
二人の旅行が。
始まった。
最初は。
アメリカだった。
空港に着く。
荷物を受け取る。
ホテルへ向かう。
部屋に荷物を置く。
「疲れた」
美咲が。
ベッドに座る。
「寝る?」
「まだいい」
「じゃあ。
ご飯」
「賛成」
二人は。
ホテルを出た。
近くの店へ行く。
特別高い店ではない。
街の人間が。
普通に利用する店だった。
「何食べる?」
「おすすめ」
「じゃあ。
これ」
料理を注文する。
二人で。
ゆっくり食べる。
「おいしいね」
「うん」
それだけだった。
食事を終える。
街を歩く。
店を見る。
道路を見る。
人を見る。
「この辺。
人多いね」
「観光客?」
「半分くらい」
「じゃあ。
家賃高そう」
美咲が。
笑う。
「もう投資の話?」
「見ただけ」
「はいはい」
二人は。
そのまま歩いた。
翌朝。
ホテルで朝食を取る。
窓際の席。
コーヒー。
パン。
果物。
「今日は?」
美咲が聞く。
「博物館」
「よかった。
ちゃんと観光するんだ」
「その後。
会社」
「やっぱり」
午後。
二人は。
ある企業を訪問した。
工場を見学する。
研究施設を見る。
経営者の話を聞く。
美咲は。
質問をする。
「研究開発費は?」
「売上のこのくらいです」
「設備投資は?」
「今年は増やしています」
黒崎は。
工場の中を見る。
従業員。
設備。
生産ライン。
製品。
数字だけでは。
分からないものを見る。
夕方。
会社を出る。
「どうだった?」
美咲が聞く。
「面白い」
「投資する?」
「まだ」
「じゃあ。
次は?」
「観光」
「それならいい」
二人は。
街へ戻った。
夕食。
その日は。
少しだけいい店に入った。
「今日くらい。
いいよね」
美咲が言う。
「いいんじゃない?」
二人で。
ワインを飲みながら。
料理を食べる。
「明日は?」
「朝から移動」
「早いな」
「次の街」
「また会社?」
「観光もする」
「信用できない」
美咲が笑う。
黒崎も。
笑った。
次の都市へ。
飛行機で移動する。
窓の外。
広大な土地が。
見える。
「……広いな」
黒崎が。
呟く。
「何?」
「土地」
「やっぱり」
美咲は。
呆れたように笑った。
「旅行なんだから。
土地を見ないの」
「見えるんだから。
仕方ない」
到着すると。
二人は。
観光地へ向かった。
歴史的な建物。
美術館。
市場。
公園。
二人で歩く。
写真を撮る。
食べ歩きをする。
土産物を見る。
普通の夫婦旅行だった。
ただ。
黒崎は。
街を歩きながら。
必ず。
周囲を見ていた。
道路。
鉄道。
港。
空港。
工場。
住宅。
土地。
都市の成長に必要なものを。
無意識に見ていた。
美咲は。
そんな黒崎を。
もう慣れた目で見ていた。
「また見てる」
「何を?」
「街」
「普通だろ」
「普通の人は。
旅行中に物流網なんて見ないよ」
黒崎は。
少し考えた。
「……そうか?」
「そう」
二人は。
顔を見合わせて。
笑った。
夜。
ホテルの部屋。
美咲が。
ベッドの上で。
旅行雑誌を見る。
「明日は。
ここ行きたい」
「いいよ」
「その後は?」
「会社」
「また?」
「一社だけ」
「一社だけなら。
まあいいか」
美咲は。
笑った。
翌日。
二人は。
予定通り。
観光した。
そして。
午後。
また企業を訪問した。
今度は。
小さな会社だった。
社員も少ない。
工場も大きくない。
だが。
技術は。
面白かった。
黒崎は。
経営者の話を聞く。
「この技術を。
どうするつもりですか?」
「十年かけて。
実用化したい」
「十年?」
「はい」
黒崎は。
少し笑った。
「いいですね」
美咲を見る。
美咲も。
頷いた。
「調べよう」
「ああ」
その夜。
ホテルに戻る。
美咲が。
パソコンを開く。
「財務。
確認した」
「どう?」
「まだ小さい」
「うん」
「でも。
技術は本物っぽい」
黒崎は。
資料を見る。
「じゃあ。
少し入れるか」
「長期?」
「長期」
投資が。
決まった。
翌朝。
二人は。
また観光へ出た。
その繰り返しだった。
旅行。
食事。
観光。
企業訪問。
土地を見る。
投資する。
そして。
また次の国へ。
ヨーロッパ。
アジア。
オセアニア。
中東。
北米。
南米。
二人は。
世界を回った。
ある国では。
何も買わなかった。
魅力的な企業が。
見つからなかったからだ。
別の国では。
土地を買った。
将来。
工業地帯になる可能性が。
高かった。
また別の国では。
小さな企業へ。
長期投資をした。
黒崎夫妻にとって。
投資とは。
特別な仕事ではなくなっていた。
旅行の途中で。
見つけるものだった。
「次。
どこ行く?」
美咲が。
聞く。
黒崎は。
世界地図を見る。
「ここ」
「何があるの?」
「分からない」
「じゃあ。
なんで?」
「行ったことないから」
美咲は。
笑った。
「それなら。
行ってみようか」
「ああ」
二人は。
また。
次の航空券を取った。
黒崎45歳。
美咲も。
人生の新しい時間を。
楽しんでいた。
子供たちは。
もう。
それぞれの世界を持ち始めている。
二人だけで。
旅行する時間が。
増えていた。
東京郊外のマンション。
そこを。
帰る場所として。
二人は。
世界を回る。
観光して。
食事をして。
笑って。
企業を見る。
土地を見る。
そして。
気に入ったものがあれば。
静かに投資する。
それが。
黒崎夫妻の。
新しい生活になった。
やがて。
黒崎という会社も。
変わっていく。
株を買うだけではない。
土地を持つだけでもない。
企業そのものへ。
長期で資本を入れる。
必要なら。
事業そのものを買う。
そして。
売らずに持つ。
育てる。
待つ。
その姿勢が。
少しずつ。
世界で知られるようになる。
まだ。
誰も。
この会社を。
巨大投資会社とは呼ばなかった。
だが。
その始まりは。
すでに。
始まっていた。




