名前
選挙が終わった。
新しい大統領が。
正式に就任した。
その数日後。
BAは。
大統領府へ呼ばれた。
部屋には。
新大統領が一人。
「座ってくれ」
「はい」
BAが座る。
大統領は。
しばらくBAを見ていた。
「君には。
地方行政で。
かなりの実績がある」
「大したことではありません」
「そう言うと思った」
大統領が笑う。
「だが。
私は結果を見ている」
机の上には。
BAの活動記録が並んでいた。
道路。
学校。
病院。
電力。
地方自治。
復興。
どれも。
派手な功績ではない。
しかし。
そこに住む人々の生活を。
確実に変えていた。
「これから。
何をしたい?」
大統領が聞いた。
BAは。
迷わなかった。
「国の行政に関わりたいです」
「中央で?」
「はい」
「なぜ?」
「地方を回って。
いろんな人間と話しました」
BAは。
ゆっくり続けた。
「同じ問題が。
何度も起きている」
「地方で一つずつ直しても。
中央の仕組みが変わらなければ。
また同じことになる」
大統領は。
黙って聞いていた。
「だから。
国の仕組みそのものを変えたい」
静かな言葉だった。
だが。
そこには。
強い意志があった。
大統領は。
しばらくBAを見つめた。
「分かった」
資料を閉じる。
「内務部門を任せたい」
「内務……」
「ああ」
「地方行政。
行政改革。
警察。
災害対策。
中央と地方の調整」
「君が今までやってきたことを。
国全体でやってほしい」
BAは。
頷いた。
「分かりました」
大統領も。
頷いた。
「頼む」
そこで。
大統領は。
ふとBAを見る。
「一つ。
聞いていいか?」
「はい」
「BAというのは。
本名なのか?」
BAは。
少し黙った。
「……通称です」
「本当の名前は?」
「ありません」
大統領の表情が。
わずかに変わった。
「ない?」
「はい」
「家族から与えられた名前も?」
「分かりません」
BAは。
淡々と答えた。
「ずっと。
BAと呼ばれてきました」
大統領は。
しばらく何も言わなかった。
窓の外を見る。
戦争で壊れた街。
復興していく街。
そこに暮らす人々。
そして。
その中心で。
何年も働いてきた男。
BA。
彼には。
名前がなかった。
「正式な書類には?」
「John Doeでいいです」
「John Doe……」
大統領は。
小さく笑った。
「それは。
仮の名前だな」
「はい」
大統領は。
引き出しから。
一枚の白い紙を取り出した。
BAの前に置く。
「君に。
一つ贈りたい」
「贈る?」
「ああ」
大統領は。
ペンを取った。
「名前だ」
BAが。
顔を上げる。
「名前?」
「そうだ」
大統領は。
紙に。
ゆっくりと文字を書いた。
そして。
BAの前へ差し出した。
Victor Hale
BAは。
その文字を見つめた。
「……ヴィクター・ヘイル」
「ああ」
大統領は。
続けた。
「Victorという言葉には。
勝利という意味がある」
BAは。
黙って聞いている。
「君は。
戦争を経験した」
「そして。
この国は。
戦争に勝った」
「だが」
大統領の声が。
少し低くなる。
「私は。
それだけを勝利とは呼びたくない」
BAが。
大統領を見る。
「戦争が終わっても。
人々が貧しいままなら。
家族を失ったままなら。
街が壊れたままなら。
それは。
本当の勝利ではない」
大統領は。
窓の外を見る。
「勝利の先に。
人々が普通に暮らせる日が来て。
初めて。
本当の勝利になる」
そして。
もう一度。
紙を見る。
「Haleには。
健やかであること。
穏やかであること。
そんな意味がある」
BAは。
名前を見つめる。
「ヴィクター・ヘイル」
「勝利の先に。
健やかな国を作る」
大統領は。
静かに言った。
「私は。
その願いを。
この名前に込めた」
BAは。
しばらく。
何も言わなかった。
戦場。
瓦礫。
血。
仲間。
そして。
復興していく街。
これまで見てきたものが。
頭の中を通り過ぎる。
「……俺に。
そんな名前を?」
「ああ」
大統領は。
笑った。
「命令ではない」
「名乗れとも言わない」
「ただ。
君がこれから歩く道に。
この名前を持っていってほしい」
BAは。
紙を手に取った。
そして。
静かに頷いた。
「ありがとうございます」
「受け取ってくれるか?」
「はい」
BAは。
名前を見つめる。
「ヴィクター・ヘイル」
今度は。
はっきりと言った。
まだ。
少しだけ。
馴染まない。
それでも。
不思議と嫌ではなかった。
大統領は。
小さく笑った。
「BAは。
これからもBAでいい」
「その名前は。
君が戦場で生き抜いた証だ」
「そして。
ヴィクター・ヘイルは。
これからの君が生きるための名前だ」
BAは。
紙を胸元にしまった。
扉へ向かう。
そして。
一度だけ振り返った。
「……大統領」
「何だ?」
「大切にします」
大統領は。
頷いた。
「そうしてくれ」
BAは。
部屋を出た。
廊下を歩く。
手には。
新しい名前がある。
33歳。
戦場で生まれたBAという男に。
もう一つの名前が加わった。
ヴィクター・ヘイル。
それは。
過去を捨てるための名前ではない。
これまで歩いてきた道を。
未来へ繋げるための名前だった。
勝利の先に。
平和を。
戦争の先に。
暮らしを。
そして。
この国に。
健やかな未来を。
その願いを背負って。
BAは。
新しい役割へ。
歩き始めた。




