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『東の魔王、西の勇者 ~普通のおっさんと少年ゲリラが世界を二分するまで~  作者: サラ男


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土地を巡る者たち

滋賀で。


 半導体工場の調査が始まってから。


 少しずつ。


 土地の空気が変わっていった。


 以前なら。


 見向きもされなかった土地に。


 問い合わせが入る。


 農地。


 空き地。


 古い工場跡地。


 道路沿いの土地。


 駅から離れた土地まで。


 買いたいという人間が増えていた。


 黒崎は。


 その動きを静かに見ていた。


「……上がってきたな」


 土地価格の資料を見る。


 まだ。


 大きな変化ではない。


 しかし。


 確実に動いている。


 そんなある日。


 一本の電話が入った。


「黒崎さんですか?」


「はい」


「土地のことで、少しお話したいのですが」


「どの土地ですか?」


「先日取得された、工場候補地の近くです」


 黒崎は。


 少し黙った。


「何でしょう?」


「買い取らせていただきたい」


「いくらで?」


「かなり良い条件を提示できます」


 黒崎は。


 資料を見る。


「必要ありません」


「まだ金額を聞いていませんよ」


「それでもです」


 電話を切った。


 数日後。


 別の人間から連絡が来た。


「土地を売るつもりはありませんか?」


「ありません」


「かなり高く買います」


「いくらですか?」


 金額を聞く。


 黒崎は。


 少し考えた。


「それでも売りません」


「なぜです?」


「必要だからです」


「何に?」


「まだ分かりません」


 電話の向こうが。


 黙った。


 黒崎は。


 それ以上説明しなかった。


 土地を買ったのは。


 半導体工場が来ると思ったから。


 それだけだった。


 だが。


 調べれば調べるほど。


 別の可能性が見えてくる。


 工場。


 物流。


 住宅。


 道路。


 電力。


 水。


 通信。


 すべてが必要になる。


 そして。


 それぞれに。


 金が動く。


 黒崎は。


 資料を一枚ずつ確認していた。


 その頃。


 地元では。


 別の動きが始まっていた。


「工場誘致が決まれば、周辺整備が必要になる」


「物流拠点も必要だ」


「住宅地も作らないといけない」


「道路の拡張も必要になる」


 行政。


 企業。


 不動産業者。


 建設業者。


 さまざまな人間が。


 同じ土地を見始めていた。


 それぞれに。


 目的がある。


 工場を呼びたい者。


 土地を売りたい者。


 土地を買いたい者。


 道路を作りたい者。


 物流拠点を作りたい者。


 住宅を開発したい者。


 そして。


 その中心に。


 黒崎が持つ土地があった。


 ある日。


 黒崎のもとに。


 一人の男が訪ねてきた。


「初めまして」


「どうも」


「実は、少しお願いがありまして」


「何でしょう?」


「土地を売っていただきたい」


「またですか」


 黒崎は。


 苦笑した。


「かなり重要な土地なんです」


「そうなんですか?」


「ええ」


 男は。


 地図を広げた。


「この辺りを一体で開発する計画があります」


「計画?」


「まだ正式なものではありません」


「なるほど」


「ですが、工場が来れば話は変わります」


 男は。


 黒崎の顔を見る。


「あなたの土地が入れば、かなりやりやすい」


「だから売ってほしい?」


「そういうことです」


 黒崎は。


 地図を見る。


 確かに。


 黒崎が持っている土地を抜かすと。


 開発区域が歪になる。


 逆に。


 そこが入れば。


 道路も。


 物流施設も。


 住宅地も。


 まとめやすい。


「いくらですか?」


 男が金額を告げる。


 黒崎は。


 数字を見る。


 購入価格の。


 かなり上だった。


 普通なら。


 十分すぎる利益だった。


「悪くないですね」


「では」


「でも」


 黒崎は。


 地図を見る。


「売りません」


「……なぜです?」


「まだ安いからです」


「この金額でも?」


「はい」


 男は。


 困ったように笑った。


「黒崎さん」


「はい」


「この土地に、そこまで価値がありますか?」


 黒崎は。


 少し考えた。


「今はありません」


「え?」


「でも」


 地図を指す。


「ここに工場が来る」


 道路。


 物流。


 電力。


 水。


 住宅。


 さらに。


 関連企業。


「そうなれば」


 黒崎は。


 淡々と続けた。


「この辺りの価値は変わります」


 男は。


 黙った。


「……投資ですか?」


「そうです」


「土地に?」


「未来に」


 男は。


 しばらく黒崎を見ていた。


 そして。


 地図をしまった。


「分かりました」


「すみません」


「いえ」


 男は立ち上がる。


「また来ます」


「どうぞ」


 男が帰ったあと。


 黒崎は。


 窓の外を見る。


 まだ。


 何もない。


 田んぼ。


 道路。


 水路。


 遠くに住宅。


 それだけだった。


 だが。


 その土地を巡って。


 人間が動き始めている。


 黒崎は。


 それに気づいていた。


 数日後。


 別の資料が届いた。


 開発計画。


 道路整備。


 物流拠点。


 電力設備。


 住宅地。


 黒崎は。


 一枚ずつ見る。


 そして。


 気づいた。


「……なるほど」


 土地そのものではない。


 土地の周りに。


 金が流れ始めている。


 そして。


 金が流れる場所には。


 必ず。


 人間が集まる。


 利益を求める人間。


 権力を求める人間。


 土地を求める人間。


 黒崎は。


 初めて。


 投資の別の顔を見た。


 株なら。


 数字だけを見ていればいい。


 しかし。


 土地には。


 人間がいる。


 欲がある。


 思惑がある。


 そして。


 利害がある。


「……面倒だな」


 黒崎は。


 そう呟いた。


 それでも。


 土地を売るつもりはなかった。


 自分が欲しいから。


 それだけだった。


 その頃。


 地元では。


 黒崎の名前が。


 少しずつ知られ始めていた。


「あの土地を持っているのは?」


「黒崎という個人投資家らしい」


「どこの会社だ?」


「会社じゃない」


「個人?」


「ああ」


「……個人で、あれだけ買ったのか」


 驚く声が。


 少しずつ増えていった。


 黒崎は。


 そんなことを知らない。


 ただ。


 机の上の地図を見ていた。


「まだ買えるな」


 そして。


 また。


 一つ。


 土地を買った。


 誰かの計画に参加するためではない。


 誰かに頼まれたからでもない。


 ただ。


 自分が。


 価値があると思ったから。


 その土地を巡る争いは。


 まだ。


 始まったばかりだった。

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